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お布施ブログ

神社昌弘のお布施ブログです。

実体験から得た「生きる知恵」を、皆様の日常に役立てていただきたいという願いを込めて書いています。


最新のコラムは、こちらにも書いています。
2025/05/03

大切な人と、想いがすれ違ったまま、

そのまま離れてしまった――

そんな経験、ありませんか?


カウンセリングの現場でもよく聞きます。


夫婦でも、親子でも、親友でも。

「大切だからこそ、うまくいかない」

「想いが強いからこそ、ぶつかってしまう」

そんなことが、本当にたくさんあるんです。 


お互いを思っているのに、

誤解が誤解を呼んで、

勝手な想像が重なって、

いつの間にか、距離ができてしまう。


本当は、こんなはずじゃなかったのに――と、

誰かを想いながら泣いている人も、実は多いのです。



じゃあ、どうすれば元に戻れるのか?


答えは、とてもシンプル。


ただ、「ごめんなさい」と「ありがとう」を、

素直に伝えること。

 

でも、これがなかなか難しい。


なぜって、人はみんな

「自分は悪くない」と思っているから。


プライドがあったり、

傷ついたままだったり、

“自分から”ができなかったり。 


だけど、やっぱり思うんです。


「ごめんなさい」と「ありがとう」

この二つの言葉は、想像以上にすごい力を持っている。


それだけで、

すれ違っていた空気がふっとゆるむことがある。


それだけで、

止まっていた関係が、また動き出すことがある。


だからこそ、伝えたい。


今、もし心に浮かぶ人がいるなら、

今日、「ごめんなさい」と「ありがとう」を、セットで伝えてみてください。


たった一言で、人生が変わることだってあるんです。


もしかすると、

相手もずっと、その言葉を待っていたのかもしれません。


いつも、自分から。


自分から動くと、未来が変わります。


自分を幸せにできるのは、自分しかいません。


神社 昌弘


2025/05/02

世の中って、「なんで?」と思うことばかりです。


カウンセリングをしていると、

「どうしてこんなに真面目で、やさしい人が、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう?」

と思うことが、本当にたくさんあります。


それはまるで――

ちゃんとルールを守って安全運転していたのに、

いきなり後ろから追突されて、むち打ちになったようなもの。


何も悪くないのに、

心に傷を負ったり、生活が一変したり、

そんな“納得できない出来事”に直面することがあるのが、現実です。


クライアントさんの多くも、こう言います。


「私じゃなくて、世の中にはもっと悪い人がいるのに」

「なんで私がこんな目に…」

「ちゃんと生きてきたのに、報われないなんておかしい」

その気持ち、よくわかります。

僕も、何度も同じ思いをしてきました。


でも――

その「理不尽さ」の中に立ち止まっていても、

現実は、何も変わらないんです。


辛いし、悔しいし、腹も立つ。

だけど、過去に引きずられてばかりでは、前に進めない。

文句を言っても、頭でこねくり回しても、

“今”を変えてくれるわけじゃない。


だから僕は、いつもこう思っています。


「割り切れなくてもいい。

でも、引きずらない。

止まらない。

それが、一番いい。」

人は、前を向いて歩いていくときにだけ、

少しずつ光を取り戻していけるんだと思います。


それは、自然が教えてくれる“幸せの法則”。


今日がどんなに重たくても、

明日を生きる力は、あなたの中にちゃんとある。


僕はいつでも、そう信じています。


神社 昌弘



2025/05/01

僕には、毎朝欠かさず行っている、ひとつの習慣があります。 


それは、継続カウンセリングや顧問契約を結んでくださっている方のカルテを一枚ずつ手に取り、その方の今の状態を静かに感じながら――

「今日も一日、穏やかに過ごせますように」

と、そっと祈ることです。 


ときどき、違和感を感じた方には、こちらからメールをお送りします。




すると決まって、こんなお返事が届きます。


「ちょうど連絡しようと思っていたところです」

「神社さん、見てました?」

「なんでわかったんですか?」


僕にとっては不思議でもなんでもなくて、

その人の“エネルギーの流れ”に変化があると、自然にわかるんです。


あ、今かな。

あ、ちょっと届きにくくなってるな――と、感じるんです。


でも、これって“特別な感覚”じゃなくて、

誰の中にもある力だと思っています。


誰かを本気で想っていれば、

たとえ離れていたとしても、

ふとした瞬間にその人のことが浮かんだり、

連絡を取りたくなったりすることって、ありませんか?


それは、きっと「つながっている」証。

目に見えないけれど、ちゃんと届いているものなんです。


シンクロニシティって、スピリチュアルな言葉に聞こえるけれど、

本当は、思いやりの延長線上にある現象だと僕は思っています。


「なんとなく気になったから」

「今日、声をかけてみようと思ったから」

「なぜか、あなたのことを思い出したから」


それだけで、誰かの救いになることもあります。


どうか今月も、あなた自身と、

あなたが大切に思う人のために、

そっと心を向ける時間を持ってみてください。


その優しさは、目に見えなくても、

きっとちゃんと届いていきますから。


静かにやってきた5月。

あなたにとって、穏やかでやさしいひと月になりますように。


神社 昌弘



2025/04/26

昔、僕は書道、茶道、華道を習っていました。

小さな頃から、父や母に教わったり、

その後も、きちんと教室に通ったりして。


イギリスで日本語教師をしていた頃には、

日本文化を伝えるために、

生徒たちにそれらを教えたこともありました。


どれも、本当に素晴らしい世界でした。

でも、どれも数年しか続かなかった。


別に、嫌いでやめたわけじゃない。

むしろ、その奥深さに、心から敬意を抱いていました。


ただ、「道」がつく学びは、深くなればなるほど、

型が厳密に決まり、はみ出すことが許されない世界になる。

それに、僕は、どこか息苦しさを感じてしまった。


もっと自由でありたい。

もっと、自分らしく在りたい。


そう思う気持ちが、だんだん強くなって、

その場を離れる選択をしてきたんだと思います。


昔は、そんな自分を責めていました。

「続かないなんてダメだ」とか、

「ちゃんとできない自分は弱い」とか。


でも、今は少しだけ、思えるようになりました。


型通りも、素晴らしい。

自由でいることも、素晴らしい。

どちらが正しいとか間違っているとかじゃない。


何より、

あの時、ちゃんと伝統にふれたこと。

あの時間があったからこそ、

今の僕の中に、“静かな芯”みたいなものが、

育っている気がします。


学べたことに、心から感謝しています。

たとえ、道半ばであったとしても。



2025/04/25

17歳のとき、父が亡くなりました。


まだ47歳という若さでした。


葬儀には、900人以上の方が参列してくださいました。


その人数に、ただただ驚いたのを覚えています。



「この人は、本当に多くの人から慕われていたんだ」



目の前に広がる人の波を見ながら、そんなことを思いました。


でも──


そんな父のことを、僕は正直、大嫌いでした。


理由はただひとつ。



父は、いつも“人にばかり”優しくして、
自分自身や家族に対しては、いつも後回しだったから。


外では「素晴らしい人」と言われていた父。


けれど、家ではどこか遠い存在で、
反抗期だった僕は、父を無視し、ひどい言葉をぶつけることもありました。


今思えば、まったく“いい子”ではなかったと思います。


でも不思議なことに、
あの頃の父と、自分の姿がどこか重なることがあります。


家の中では不機嫌で、外では“いい人”。


周りに気を遣いすぎて、自分の気持ちは後回し。



「父みたいにはなりたくない」と思っていたはずなのに、
僕もまた、同じような生き方をしていたのです。


大人になるとは、
もしかすると「自分の中にある父親と和解すること」なのかもしれません。


父は、たしかに誰からも好かれる人でした。


そして、きっと、家族のことも大切に思っていたのでしょう。


ただ、不器用で、自分の気持ちを上手に出せなかっただけ。



それに気づけたのは、大人になってからでした。


今、カウンセラーとして多くの方と向き合う中で、
「自分を後回しにしてきた人」の言葉を、何度も聞いてきました。


「家族のために頑張ってきた」


「誰かを守るために我慢してきた」


「本当は泣きたかったけど、泣けなかった」


そのたびに、ふと思い出すのです。


あの葬儀の日の、あの光景を。


無理して、我慢して、頑張りすぎたその先で、
自分自身が壊れてしまうこともある。


だからこそ、声を大にして伝えたいのです。


自分を大切にしてください。


無理をしすぎないでください。


あなた自身が、あなたの人生の中で一番大切な存在なのです。


誰かを大切にすることと、
自分を大切にすることは、矛盾しません。


むしろ、自分を大切にできる人こそが、
本当に誰かを大切にできるのだと思います。


父の死から、もうすぐ30年。


僕は今年、父が亡くなったときと同じ47歳になります。


ようやく今、父に心から言えます。


「あなたの生き方も、ちゃんと見てたよ」って。


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