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癒す側だった僕が、いちばん癒されていなかった頃の話

2026/01/25

カウンセラーという仕事をしていると、

よく言われます。


「神社さんは、いつも落ち着いていますよね」

「ブレないですよね」

「癒す側の人ですよね」


たしかにそう見えるのだと思います。

実際、目の前の人の話を聴くとき、

僕はとても冷静です。


でも今日は、

あまり表に出してこなかった話をします。


僕自身が、いちばん癒されていなかった頃の話です。




昔の僕は、

「癒す側でいなければいけない」と思っていました。

 

  • 弱音を吐かない
  • 感情に飲み込まれない
  • いつも整っている人でいる

 

そうでなければ、

人の前に立ってはいけない。

相談に乗ってはいけない。


そんな、

誰に言われたわけでもないルールを、

自分に課していました。


だから、つらくても、

悲しくても、

腹が立っても、


「まあ、大丈夫」

「学びだよね」

「意味があるよね」


そうやって、

感情を“理解”に変換してきた。


今思えば、

かなり器用な逃げ方です。



あるとき、

もう何年も通ってくれているクライアントさんの前で、

ふいに、言葉が詰まりました。


いつものようにアドバイスしようとして、

でも、声が出なかった。


代わりに出てきたのは、

涙でした。


自分でも驚きました。

「え、ここで?」

というタイミング。


その瞬間、

その方がこう言ったんです。


「神社さんも、人なんですね」


その一言で、

肩の力が一気に抜けました。


癒す側である前に、

生きている人間だった。

感じていい存在だった。


それを、

僕はどこかで忘れていた。



それから少しずつ、

やり方を変えました。


無理に整えない。

わからないものは、わからないと言う。


腹が立ったら、

「今、正直しんどい」と認める。


すると、不思議なことが起きました。


クライアントさんが、

前よりも本音を話してくれるようになったんです。

 

  • 泣く
  • 怒る
  • 弱さを出す

 

以前より、

ずっと深いところの話を。


そのとき、はっきりわかりました。


人を癒すのは、整った言葉ではない。
生きている実感だ。


ちゃんと迷って、

ちゃんと傷ついて、

それでも生きている姿。


それを隠さなくなったとき、

言葉は、勝手に届くようになる。


今も、

完璧なカウンセラーではありません。


調子が悪い日もある。

腹が立つこともある。

弱くなることもある。


でも、

それをなかったことにしない。


「そういう日もある人間です」

と、ちゃんと自分に言う。


それができるようになってから、

人生はずいぶん楽になりました。


もし、この記事を読んでいるあなたが、

「ちゃんとしなきゃ」

「強くいなきゃ」

「癒す側でいなきゃ」

そうやって、

自分を後回しにしているなら。


一度だけ、

その役割を下ろしてみてください。


癒す前に、

生きていい。


支える前に、

感じていい。


それを許したとき、

人は不思議なほど、

自然に人を支えられるようになります。




追伸


この文章は、

誰かを励ますために書いたものではありません。


昔の自分に向けて書きました。


でも、もしあなたにも

何かが重なったなら、

それは偶然ではないと思っています。