東京・池袋・オンライン
  1. 心の処方箋
 

心の処方箋

恋愛、人生、心について

日々noteで発信しています。

 

最新記事はこちら


本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/03/31

「どうすれば、もっと良くなりますか?」

そうやって、

ちゃんと努力している人ほど、

なぜか途中で止まってしまうことがあります。

 

  • 神社に行く
  • 整える
  • 頑張る

 

それでも、戻る。


その理由は、

意外とシンプルでした。


▶︎続きはこちら

https://note.com/shrine0731/n/nee563343dbe9

 

今回の記事は、

「運が上がらない本当の理由」

静かに書いています。


必要な方に届きますように。

2026/03/30

正直に言います。

僕は、いじめられて、

半年で会社を辞めました。


あの頃の僕は、
それを「人生の汚点」だと思っていました。



20代の頃、

ホテルで働いていたときの話です。


クローン病の闘病が少し落ち着き、

社会復帰の一歩として働き始めました。

 

その後、

別のホテルに「引き抜き」で転職。


人生で初めての正社員。

 

でも、

そこで待っていたのは、

・無視

・仕事を教えてもらえない

・冷たい空気

いわゆる「いじめ」でした。

 

悔しくて、

見返したくて、

努力もしました。


でも、

体がついてこなかった。

 

そして僕は、

半年で辞めました。

 

あのときは「逃げた」と思っていました。


でも今は、

はっきり思います。

 

あれは、

自分を守るための選択でした。

 

もし今、同じような場所にいる人がいたら、

どうか、自分を守ってください。

 

逃げてもいい。

ちゃんと逃げていい。

 

続きはこちらからお読みいただけます👇



2026/03/28

最近、本が読めません。

あんなに好きだったのに、

ページを開いても、頭に入ってこない。



少し前までの僕なら、

焦っていたと思います。


でも、今は違います。


たぶんこれは、

「止まっている」のではなくて、

「整っている」時間なんだと思います。


これまで僕は、

何百冊と本を読んできました。


学ぶことも、

理解することも、

ちゃんと受け取ることも、

ずっと大切にしてきました。


でも気づいたんです。


ちゃんと読もうとしすぎて、

少し疲れていたことに。


本は本来、自由なものなのに、

いつの間にか

「ちゃんと読まなきゃいけないもの」

になっていました。


だから今は、

少しだけ“入れる”ことをやめて、

“感じる”時間を増やしています。


雑誌やアート、写真。


言葉じゃないものに触れると、

とても楽になる。


そこには正解がなくて、

ただ、感じるだけでいいから。


もし今、

・本が読めない

・学ぶ気になれない

・頭に入ってこない

そんな状態なら、

無理に戻らなくて大丈夫です。


それは、怠けているわけでも、

成長が止まっているわけでもない。


むしろ、

「自分に戻ろうとしているサイン」かもしれません。


たくさん頑張ってきた人ほど、

一度、静かになる時間が必要になる。


ただ、それだけのことです。


少しだけ読むのをやめて、

感じてみる。


それも、ひとつの整え方です。


▶note本文はこちら

https://note.com/shrine0731/n/n0d5e8d3313e9




2026/03/27

正直に言うと、

僕は3ヶ月、ムダにしました。

たった一本の歯に、です。



先日、親知らずを抜きました。


ずっと前から、

わかっていたことでした。


「これ、いつかやらないといけない」


でも僕は、

見ないふりをしていました。


怖いし、

面倒だし、

できればやりたくない。


そうやって、

先延ばしにしていました。

 

https://note.com/shrine0731/n/n1d787ad5c59f

 

たった一本の歯を抜いただけなのに、

少しだけ、

生き方が変わった気がしました。



 

遠回りしているときほど、

場所を間違えているのかもしれません。

 

そしてそれは、

自分ではなかなか気づけないこと

も多いのだと思います。


もし今、

同じように「わかっているのに動けないこと」があるなら、

一人で抱えなくても大丈夫です。


整えることで、

人生はちゃんと動き出します。


2026/03/26

正直に言うと、

僕は毎年、けっこうな確率で

「願いが叶っています」。

 

特別なことは、何もしていません。

むしろ、かなり地味です。

 

でも、10年続けてきて、

ひとつだけ確信していることがあります。

 

それは、

「思い描ける人だけが、現実を動かしていく」

ということです。

 

 

僕は毎年、

あることをやっています。

 

それは、

雑誌の切り抜きを、

一枚の大きな画用紙に貼る。

 

ただ、それだけです。

 

 

・気になるもの

・欲しいもの

・行きたい場所

・なりたい自分

 

それを、

ペタペタ貼っていく。

 

いわゆる、

「ドリームマップ」です。

 

これを、もう10年くらい続けています。

 

そして毎年、

不思議なことが起きます。

 

一年後に見返すと、

かなりの確率で実現している。

 

最初は、

たまたまだと思っていました。

 

でも何年も続くと、

 

「これは、ただの偶然じゃないな」

 

と思うようになります。

 

よく言われる

「引き寄せの法則」

 

正直、

僕はあまり派手に信じているわけではありません。

 

でも、

実体験として思うことがあります。

 

それは、

人は思い描けるものしか、

現実にできないということです。

 

逆に言うと、

思い描けるということは、

 

どこかで“できる可能性”を持っている、

ということ。

 

だから、

そのイメージを、

目に見える形にして何度も見る。

 

それだけで、

無意識が動き出します。

 

行動も、

選択も、

出会いも、

 

少しずつ、

そっちに寄っていく。

 

だから結果として、

「叶ったように見える」

 

僕は、

そんな感覚を持っています。

 

 

でも、このドリームマップで

一番大事なのは、

 

「叶えよう」

と頑張ることではありません。

 

むしろ逆で、

「もう叶ったように楽しむこと」

 

これが、いわゆる

“予祝(よしゅく)”です。

 

「いいなぁ」じゃなくて、

「これ、いいよね」って、

先に味わってしまう。

 

ワクワクしながら、

遊び感覚で貼る。

 

この軽さが、

すごく大事だと思っています。

 

真面目にやると、

だいたい重くなる。

 

重くなると、

現実は動かなくなる。

 

だから、

ちょっとふざけるくらいで、

ちょうどいい。

 

これ、本当に大事です。

 

もしよかったら、

今年、作ってみてください。

 

上手に作る必要はありません。

センスもいりません。

 

ただ、

「これ、いいな」

「こうなったら楽しそう」

 

それを、

素直に貼っていくだけ。

 

そして、

いつも眺める。

 

それだけで、

少しずつ、

何かが動き出します。

 

不思議ですが、

本当の話です。

 

思い描ける未来は、

もうどこかで始まっているのかもしれません。

 

▼note全文はこちら

https://note.com/shrine0731/n/n36ae5acda858

 


2026/03/25

正直、少し引かれました。

 

「それ、毎日やってるんですか…?」って。

 

でも僕は、これで人生が整ってきました。

 

 

昨日、カウンセリングで

こんな話をしていました。

 

「玄関の靴は、片付けましょう」

 

よくある話です。

 

でもその流れで、

僕の習慣の話になりました。

 

帰宅したら、

靴を磨く。


靴底もふく!

 

そして、

カバンの中身を一度すべて出す。

 

レシートを整理して、

お札を整えて、

明日の準備をする。

 

特別なことを

しているつもりはありません。

 

ずっと当たり前に

やってきたことです。

 

でも、

これを続けていると、

人生が整っていきます。

 

運がいい人って、

何か特別なことをしているわけじゃなくて、

 

こういう小さなことを

雑にしない人なんだと思います。

 

今日使ったものを

そのままにしない。

 

今日あった出来事を

そのままにしない。

 

ちゃんと終わらせて、

ちゃんと整えて、

明日に渡していく。

 

それだけ。

ただ、それだけ。

 

でも、

それを毎日やっていると、

少しずつ、人生が変わっていきます。

 

僕はそれを、

「整える」と呼んでいます。

 

全部やらなくていい。

 

まずは、ひとつでいい。

 

今日履いていた靴を

そっと揃えてみる。

 

それだけでも、

なにかが変わります。

 

たぶん、

人生って

そういうところから動き出す。

 

この記事の続きや、

「整えることで人生を立て直すヒント」は、

noteでも詳しく書いています。

 

▶ noteはこちら

https://note.com/shrine0731/n/n7499efbbc0b7


2026/03/24

薬を飲むことに、

どこか罪悪感を感じていませんか。




「自然じゃない気がする」

「本当は飲まない方がいいのではないか」


そんなふうに悩む方に向けて、

今回は、僕自身の本音をお伝えします。


「正しさ」よりも

「安心」を選んでいい。


そんな選択が、

あなたの心と体を整えていきます。


▶︎記事はこちら

https://note.com/shrine0731/n/n7499efbbc0b7



2026/03/23

「運気を上げたいのに、なぜか変わらない」

そんな違和感を抱えたことはありませんか。


神社の家に生まれた立場から、

多くの方が見落としている“順番”について、

静かにお話しします。




正直に言うと、

僕は「有名な神社に行けば変わる」とは思っていません。


むしろ、順番を間違えると、

どれだけすごい場所に行っても、

何も変わらないことがあります。




新年度。


新しい場所。

新しい挑戦。


この時期になると、

「運気を上げたい」と思って、

神社やパワースポットに行く人が増えます。


桜もきれいですし、

気持ちも整いますよね。

とてもいいことだと思います。


でも、

ひとつだけ、

大事なことがあります。


それは、

「順番」です。


いきなり有名な神社に行く前に、

まず意識してほしい存在があります。


それが、

産土神(うぶすながみ)です。


よく混同されますが、

 

  • 産土神は、自分が生まれた土地を守る神さま。
  • 氏神さまは、今住んでいる地域を守る神さま。

 

どちらも大切ですが、

整える順番として、

一度立ち止まって考えてみてほしいのです。


僕は、神社の家に生まれて、

ずっと感じてきました。


人は、

遠くのすごいものには頼ろうとするのに、

身近な支えには気づきにくい。


これ、

人間関係とよく似ています。


家族に感謝できないまま、

外でどれだけ頑張っても、

どこかで苦しくなる。


神社も、

同じです。


まずは、

これまで支えられてきたことに

気づくこと。


そこから、

整いはじめます。


もし産土の神社が分からない場合は、

無理に特定しようとしなくても大丈夫です。


生まれた土地を思い出す。

その土地にある神社を調べてみる。


それだけでも、

十分に意味があります。


そして今住んでいる地域の氏神さまは、

地域の神社や神社庁で確認することもできます。


参拝のときは、

お願いよりも、

感謝を。


「こうしてください」ではなく、

「ここまで生かしていただいて、ありがとうございます」


その一言で、

空気は変わります。


もし境内に御神木があれば、

少しだけ立ち止まってみてください。




風の音。

光の揺れ。

木の匂い。


それを感じるだけで、

十分です。


運気を上げるというのは、

何かを足すことではなく、

すでにある支えに

気づくこと。


今年は、

少しだけ順番を変えてみませんか。


遠くのパワースポットの前に、

いちばん近くにあるものへ。


そうすると、

人生は静かに整いはじめます。


まずは、

「守られてきたこと」に気づくところから。


▼神社参拝の本質について、動画でもお話ししています





2026/03/22

人を救いたいと思っていたはずなのに、

気づけば自分が壊れていた。


これは、僕自身の弱さの話です。


でも同時に、

「いい人でいようとする苦しさ」を

知っている人へのメッセージでもあります。

 

▶︎ 続きはこちら(noteリンク)



2026/03/21

正直に言うと、

僕はメイドカフェを、少し見下していました。


「自分が行く場所じゃない」


そう思っていたんです。



でも、先日訪れて、

その考えは一瞬で崩れました。


そこには、

目の前の人を本気で喜ばせようとする姿がありました。


一言ひとこと、

一つひとつの動きに、

ちゃんと“愛”があったんです。


僕はこれまで、

一流と呼ばれる場所もたくさん見てきました。


でも、

ここまで真正面から

人と向き合っている場所が

どれだけあっただろうか。


そう思ったんです。


「人を喜ばせる」ということの本質を、

僕はそこで学びました。


▼続きはこちら(note)

https://note.com/shrine0731/n/n2e80274a2d71



2026/03/20

正直に言うと、

僕は「整っている自分」に酔っていました。


イギリスにいた頃、

毎日3時間、瞑想していました。


でも今振り返ると、

あれは少し違っていた気がします。




瞑想は、悪いものではありません。

むしろ、

心を整える大切な方法のひとつです。


でも僕は当時、

「不安を見ないため」

に瞑想をしていました。


現実が怖くて、

“今ここ”に逃げていた。


整えているつもりで、

ただ、

現実から距離を取っていただけだったのです。


どれだけ瞑想しても、

人生は進んでいきます。


その中で、生きていくしかない。


僕はそこから、

ひとつのことに気づきました。


それは、

「日々を丁寧に生きること」

の方が、よっぽど深いということ。


▶続きはこちら(note全文)

https://note.com/shrine0731/n/n4e8c266089c4

2026/03/19

人には、誰にも言えない過去があります。

それは、外からは見えないけれど、確かにその人をつくっています。




僕自身、クローン病の闘病中、

どうしても人に言えなかった出来事があります。


静かに書きました。

必要な方に届けば嬉しいです。


▶︎続きを読む(note)

https://note.com/shrine0731/n/n77fac278d8b4

2026/03/18

「龍を見たい」

そう思う人が増えています。


でも実は、

その“見たい気持ち”が強いほど

遠ざかってしまうこともあります。


神社の家に生まれ、陰陽道を学んできた僕が、

龍の本当の意味をお伝えします。



龍の話は、人気があります。

 

・龍がついた

・龍とつながった

・龍を見た

 

どれも、

とても魅力的で、

少し特別な響きがあります。

 

だから、

「見たい」と思うのは、

とても自然なことです。

 

僕も、

その気持ちはわかります。

 

でも僕は、

神社の家に生まれ、

大人になってからは、

陰陽道や東洋思想も学んできました。

 

その立場から、

正直にお伝えします。

 

龍は、

「見えるかどうか」よりも、

 

もっと大切な意味を

持っている存在です。

 

日本では昔から、

龍は水の神とされてきました。

 

雨を降らせ、

雲を動かし、

川を流す存在。

 

でも陰陽道では、

もう少し現実的に捉えます。

 

龍とは「気の流れ」です!

 

・山の流れ

・川の流れ

大地を走るエネルギー。

 

それを【龍脈】と呼びます。

 

つまり龍は、

どこか特別な場所にいる存在ではなく、

 

この世界に、

すでに流れている力の象徴です。

 

だから昔の人は、

人生が動いたときに言いました。

 

「龍が動いた」

 

停滞していたことが、

急に進みはじめたとき。

 

ご縁がつながり、

流れが変わったとき。

 

それを龍の力と呼んだのです。

 

では、

龍は見えるのでしょうか。

 

答えは、

「見えることもある」です。

 

でもそれは、

特別な能力の話ではありません。

 

空をぼんやり見ていたとき。

 

雲が龍のように見えたとき。

 

神社で手を合わせた瞬間、

風がふっと通ったとき。

 

川や滝を見て、

なぜか心が整ったとき。

 

そういう瞬間に、

人は「龍かもしれない」と感じます。



 

ここで、

ひとつ大事なことがあります。

 

龍を感じる人ほど、

実は“見ようとしていない”のです。

 

頑張っているときではなく、

力を抜いているとき。

 

何かを掴もうとしているときではなく、

ただ、感じているとき。

 

そのとき、

ふっと現れる。

 

だから僕は思うのです。

 

龍は、追いかけるものではない!

龍は、流れの中で気づくもの!!

 

そして——

 

もしあなたが

「龍を見てみたい」と思うなら、

 

その気持ちは、

大切にしていいと思います。

 

人は、惹かれるものに意味がありますから。

 

ただひとつだけ、

大事な順番があります。

 

今ここにあるものを感じられていないのに、

見えないものだけを見ようとするのは、

少し苦しくなってしまう。

 

・風が気持ちいいとか

・空がきれいだとか

・誰かの言葉にホッとしたとか

 

そういう

「すでにあるもの」に

気づけるようになると、

 

不思議と、

見えないものも

自然と感じられるようになります。

 

龍も、きっと同じです。

 

どこか遠くにいるのではなく、

もう、流れている。

 

あなたの毎日の中に。

人生の流れの中に。

 

だから、

見ようとしなくても、

整えていけば、

自然と出会う。

 

龍は、探しに行くものではなく、

整った人の人生に、

静かに流れ込んでくるものです。


2026/03/17

「この人、本物だ。」

 

そう思った先生が、

僕の人生で一人だけいます。

 

その人は、

一度も自分の能力を誇りませんでした。

 

それなのに、

僕が出会った中で

いちばん「本物」でした。

 

 

僕の師匠は、

イギリスにいました。

 

M先生という女性です。

 

もう高齢で、

今はこの世にはいません。

 

けれど今でも、

ふとした瞬間に思い出します。

 

僕が先生に出会ったのは、

27歳のとき。

 

英語も話せない、

右も左もわからない若者でした。

 

それでも先生は、

ずっと優しいままでした。

 

決してジャッジしない。

否定しない。

押しつけない。

 

ただ、

その人の中にある力を

静かに引き出していく。

 

僕はそこで、

「本当の指導者とは何か」を

体感しました。

 

でも正直に言うと、

ひとつだけ理解できないことがありました。

 

なぜ、

本物の人よりも

 

上辺だけの人の方が

目立ってしまうのか。

 

僕は、

ずっとそれに腹を立てていました。

 

▶ 続きはこちら(3分で読めます)

👉 https://note.com/shrine0731/n/n5ebcb4ce91d1

 

※「本物」に出会った人だけが分かる話です

 

この話は、

僕のカウンセリングの原点になっています。

 

派手ではないけれど、

静かに人生が変わっていく関わり。

 

それを、これからも届けていきます。


2026/03/16

神社の家に生まれた僕が、

ずっと言えなかったことがあります。

 

これは、神社が嫌いだから言うのではありません。

 

むしろ僕は、

神社の家に生まれた人間です。

 

だからこそ、

ずっと気になっていたことがあります。

 

 

最近、よくこんな言葉を聞きます。

 

「この神社はすごい」

「ここに行けば運気が上がる」

「願いが叶う神社」

 

もちろん、

神社は素晴らしい場所です。

 

僕自身、

神社の静かな空気は大好きです。

 

でも、

どうしても言いたいことがあります。

 

もし本当に

神社に行くだけで人生が変わるなら

この世に、苦しんでいる人はいないはずです。

 

病気で苦しむ人も

人間関係に悩む人も

お金で困る人も

 

神社に行けば

全部解決するはずです。

 

でも、現実は違います。

 

神社に参拝しても

人生が急に変わるわけではありません。

 

では、

神社は意味がないのでしょうか。

 

そうではありません。

 

むしろ、

神社はとても大切な場所です。

 

ただし、

神社の役割は

人生を変えることではありません。

 

神社の役割は

自分を整えることです。

 

深呼吸をする。

手を合わせる。

静かな気持ちになる。

 

そうやって

自分の心を整える場所です。

 

人生を変えるのは

神社ではありません。

 

自分の生き方です。

 

僕はこれまで

3万件以上の相談を受けてきました。

 

その中で分かったことがあります。

 

人生が変わる人は

必ず

自分の現実と向き合った人です。

 

逃げずに

整え続けた人です。

 

神社は

奇跡を起こす場所ではありません。

 

人生を見つめ直す場所です。

 

本当の霊性は

現実から逃げないこと

だと、僕は思っています。

 

神社は

人生を変えてくれる場所ではありません。

 

でも、

人生を変える覚悟を

思い出させてくれる場所です。

 

 

※この文章はnoteでも公開しています

https://note.com/shrine0731/n/n825e27b40542



2026/03/14

最近、こんな相談をよく受けます。

「この人、正しいんだけど…一緒にいるとしんどい」


間違ったことを言っているわけではない。

むしろ真面目で立派な人。


でも

会うたびに疲れてしまう。


実はそれ、あなたの感覚が正しいのかもしれません。




人は

正論では回復しません。


安心で回復します!


人間関係の空気について

noteに詳しく書きました。


▼続きはこちら

https://note.com/shrine0731/n/n09e446b96418

2026/03/13

最近、ひとつ気づいたことがあります。


人生がうまくいっている人には、

ある共通点があります。


それは

人を応援できること。


今、ビジネスパートナー柏崎圭祐さんの挑戦を応援しながら、

僕自身も改めてそのことを感じています。


応援できるということは、

時間や心、そして少しの余裕があるということ。


もしかすると、

応援できること自体が、

すでに豊かさなのかもしれません。


そんなことを感じながら書いた記事です。


▼続きはこちら(note)

https://note.com/shrine0731/n/nce8223043226



2026/03/12

本日のnoteに

少し個人的な記事を書きました。


テーマは

「休むこと」


僕はこれまで、

休むことがとても苦手でした。


努力、学び、修行。

いつも何か意味を求めて動いてきました。


でも今回、

ハワイで初めて

ただ休む時間を過ごしてみました。


すると、

思いがけない気づきがありました。


〜記事より一部抜粋〜

もしあなたが
「休み方がわからない人」なら。
僕のこの話は、きっと他人事ではありません。

人生を立て直す人ほど、
実は「休み方」を知りません。
僕もそうでした。

今回、生まれて初めて、
ハワイで“バカンス”というものを
やってみました。

続きはこちらで読めます。

▶︎https://note.com/shrine0731/n/nc02a5d9aefaf




2026/03/11

僕は、小学生のとき

手塚治虫の『ブッダ』を読みました。




人生を変えた本です。


……と言うと

とても立派に聞こえるかもしれません。


でも、正直に言うと

少し違います。


あの漫画のせいで、

僕は少し生きづらくなりました。


当時の僕は、自家中毒になり

学校へ行けなくなっていました。

 

  • 吐き気
  • 不安
  • 教室に入れない

 

子どもながらに、

「普通に生きること」が

急に難しくなったのです。


そんなある日、父が黙って

漫画を置いていきました。


それが

手塚治虫の『ブッダ』全巻。

神社の家なのに、仏教漫画。


いま思えば、

なかなか面白い話です。


そこに描かれていたのは

生老病死でした。

・生きる

・老いる

・病む

・死ぬ

人生は、苦しみから始まる。


子どもながらに、

その重さを知りました。


同時に僕は

ブッダの生き方に憧れました。


苦しみから逃げない。

誤魔化さない。


王子でありながら

すべてを手放し、

「苦しみとは何か」

それを見極めようとする姿。


かっこいい!!!

そう思いました。


そして僕は決めました。

ブッダみたいな人になろう。


清く

正しく

弱音を吐かず


人の見本になるような人間。


でも、これが

思った以上に苦しかった。


怒る自分

弱い自分

逃げたい自分


そんな自分を見つけるたびに

こう思ってしまう。


「まだまだだ」

「ダメだな」


崇高な人を目指すほど

普通の自分が許せなくなる。


これは、

僕の長いテーマでした。


ただ、最近思うのです。


僕はもう

「いい人」を卒業したい。


清く正しく

立派で

人の見本で


そんな生き方を

ずっと目指してきました。


でも僕は

ブッダではありません。


怒ることもある。

弱くなることもある。

迷うこともある。


ただの

普通の人間です。


そして、

そのほうが

人の苦しみは

分かるのかもしれません。


神社に生まれ

仏教に影響され

少し生きづらくなった少年は

いま

ようやく

普通の人間になろうとしています。


続きはこちらで書いています。

https://note.com/shrine0731/n/ndf4e41c55419


 

人生の苦しみには、理由があります。

そして、見方を変えると道が見えてきます。


神社昌弘のカウンセリングでは

心の違和感を言葉にし、

人生を立て直すサポートをしています。


▶ カウンセリング案内

https://kanja.info/contents_507.html





2026/03/10

恋愛相談を受けていると、

とても多い質問があります。

 

「なんで私は愛されないんでしょうか」

 

でも、正直に言うと。

 

ほとんどの場合、

問題はそこではありません。



 

本当の問題は――

 

傷つく覚悟をしていないこと。

 

です。

 

恋愛って、

優しくて、

キラキラしていて、

幸せなもの。

 

そう思っている人が多い。

 

でも、僕はそう思いません。

 

恋愛は、

とても危険な行為です。

 

なぜなら、

本音を差し出すことだから。

 

「好きです」

 

たった一言。

 

でもその一言は、

自分の心臓を差し出す行為です。

 

拒絶されるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

バカにされるかもしれない。

 

それでも言う。

 

だから震える。

 

だから怖い。

 

でも――

 

その震えを通らないと、恋愛は始まりません。

 

僕自身も、

人に心を開くのが怖かった時期があります。

 

病気でボロボロになって、

体も弱くて、

未来も見えなかった頃。

 

「こんな自分を、誰が好きになるんだろう」

 

そう思っていました。

 

だから、

好きになっても、

 

言えない。

 

近づけない。

 

逃げる。

 

傷つくくらいなら、

最初から踏み込まない。

 

その方が楽だから。

 

でも――

 

それは恋愛ではありません。

 

ただの自己防衛です。

 

本当の恋愛は、

 

  • 愛と憎しみ
  • 喜びと絶望
  • 希望と恐れ

 

全部が混ざります。

 

なぜなら、

人の核心を触るから。

 

だから、

・傷つきたくない

・もう年齢的に…

・どうせ無理

・期待しない方が楽

そうやって心を閉じていく。

 

でも、それは

 

自分を守っているようで、

人生を閉じているだけです。

 

人は、

愛したいし、

愛されたい生き物です。

 

それを諦めるということは、

自分の命を、半分しか使っていない。

 

ということ。

 

命は、

使わないと、歪みます。

 

これは

心理でも

スピリチュアルでも

同じです。

 

だからこそ言います。

 

ちゃんと愛そう。

ちゃんと傷つこう。

ちゃんと生きよう。

恋愛は、

ぬるま湯ではありません。

 

でも、

 

ぬるま湯の人生より

ずっと熱い。

ずっと深い。

 

ずっと、生きている。

 

あなたは、

まだ本気で愛していますか。

 

恋愛は、

ひとりで抱えるほど難しくなります。

 

本気で向き合いたい方は、

個別でお話ししましょう。

 

▶︎ 恋愛カウンセリング

https://kanja.info/contents_914.html

2026/03/09

僕はクローン病の闘病中、

4年間、食事をしていません。

 

代わりに、

細いチューブを鼻から通して、

栄養を体に入れていました。

 

毎晩、9時間。

 

眠っている間、

栄養剤をゆっくり体に流し続ける治療でした。

 

正直に言うと、

本当に嫌でした。

 

鼻からチューブを入れる。

 

経験した人なら分かると思いますが、

決して楽なものではありません。

 

何度も

「もうやめたい」と思いました。

 

そんなある夜のことです。

 

僕は、

ある光景を見てしまいました。

 

母が、

自分の鼻にチューブを入れようとしていたのです。

 

もちろん、

うまく入るはずもありません。

 

でも、その姿を見たとき

僕は思いました。

 

ああ、

しんどいのは

自分だけじゃないんだ。

 

それからです。

チューブを入れるたびに

「嫌だ」

と思う代わりに、

僕が頑張らなきゃ。

 

そう思うようになりました。

 

それから15年ほど経ったある日、

僕は母に聞いたことがあります。

 

「絶食の時、何が一番つらかった?」

 

鼻のチューブかな、

そう答えると思っていました。

 

でも母は、

少し考えてこう言いました。

 

「夜かな」

 

理由を聞くと、

こう言いました。

 

「点滴が止まってないか、
 夜中に見に行ってたんよ」

 

2時間おきに。

 

僕のベッドまで来て、

栄養がちゃんと流れているか確認していた。

 

それを毎晩。

 

僕は、

まったく知りませんでした。

 

そんなことを

してくれていたなんて。

 

もし途中で

栄養が止まってしまったら、

また鼻からチューブを入れて、

9時間やり直しになる。

 

それを

母が阻止してくれていたのです。

 

それを聞いたとき、

涙が止まりませんでした。

 

僕は4年間、

食べていません。

 

でも、

僕はひとりで

生きていたわけではありませんでした。

 

僕が眠っている間、

母が

夜を起きてくれていた。

 

闘病というのは、

患者だけの戦いではない。

 

家族もまた、

静かに戦っているのだと

そのとき初めて知りました。

 

だから僕は今、

こう思っています。

 

人は、

ひとりでは生きられない。

 

でも、

誰かの存在があると、

人は想像以上に強くなれる。

 

もし今、

苦しい時間の中にいる人がいたら。

 

覚えておいてほしいのです。

 

あなたの知らないところで、

あなたを支えている人が

きっといる。

 

そして、

その人はきっと、

あなたが眠っている夜に、

あなたのことを思っている。


2026/03/08

僕はある夜、

処方された薬を全部捨てました。

 

医師には、内緒です。

 

もちろん、

正しい行動だったとは思っていません。

 

でもあの夜、

僕は、自分の人生を取り戻した気がしました。



 

闘病していた頃、

僕は通院のたびに

スーツケースを引いて病院へ行っていました。

 

旅行ではありません。

 

中身は、全部、薬です。

 

クローン病の治療で、

処方される薬の量がとにかく多かった。

 

錠剤、エレンタール、フレーバー、チューブにボトル、、、

とにかく大量でした。

 

診察が終わると、

その薬をスーツケースに詰めて帰る。

 

そんな通院を、

しばらく続けていました。

 

そのうち、

あまりの量に、病院の方から

「宅配にしましょうか」

と言われるようになりました。

 

確かに、

スーツケースで通う患者なんて

なかなかいません。

 

宅配になってからも、

箱いっぱいの薬が、定期的に届きました。

 

そして、

ある日ふと、違和感を覚えたのです。

 

この薬、

いったいどれくらいの量になるんだろう。

 

そんなことを

ふと考えました。

 

一回分ではなく、

一年分でもなく、

「一生分」です。

 

もしこの薬を、

ずっと飲み続けたら――

 

どれくらいの量になるんだろう。

 

想像してみました。

 

箱、箱、箱。

 

積み上がる薬。

 

やがてそれは

部屋いっぱいになり、

さらに増えていき、

そして、

あるイメージが浮かびました。

 

トラック一台分。

 

薬を運ぶトラックです。

 

その瞬間、

背筋がぞっとしました。

 

この量が、

全部、

自分の体に入るのか。

 

そう思った瞬間、

僕の中で

何かが切れました。

 

その夜。

 

僕は、

箱いっぱいの薬をゴミ袋に入れ、

全部、捨てました。

 

先生には、内緒です。

 

もちろん、

正しい行動だったとは思いません。

 

医師が聞いたら、

きっと怒ると思います。

 

でもあの時の僕は、

恐怖の方が

大きかった。

 

このまま一生、

薬を飲み続ける人生なのか。

 

そのイメージに、

耐えられなかったのです。

 

病気は怖かった。

 

でも、

「自分の人生が全部、薬になる」

その未来も

同じくらい怖かった。

 

だから僕は、

一度、全部やめました。

 

無茶だったと思います。

本当に。

 

でも今、振り返って思うのです。

 

あの夜、

僕は「反抗」したのではなく、

自分の人生を取り戻そうとした

のかもしれない、と。

 

そして今、思います。

 

人はときどき、

正しいかどうかではなく、

「このままでは、自分が壊れる」

そんな瞬間に出会います。

 

そのとき人は、

理屈では説明できない行動を

してしまうことがあります。

 

でも、

それもまた

生きようとする力

なのかもしれません。

 

医療は大切です。

 

僕は医療に

命を救われました。

 

だからこそ、

今も感謝しています。

 

でも同時に、

人間は、

医療だけでは

生きられないのだと思います。

 

恐怖、怒り、絶望、反抗。

 

そういう

人間らしい感情も含めて、

人は

生きている。

 

あれから、長い時間が経ちました。

 

僕は今、

カウンセラーとして

たくさんの人の話を聞いています。

 

人生に行き詰まり、

どうしていいか分からなくなった人たちです。

 

そんなとき、

僕は思い出します。

あの夜、

薬を全部捨てた自分のことを。

 

あれは、

正しい選択ではなかったかもしれない。

 

でも、

人はときどき、

正しさよりも先に

生きることを選ばなければならない。

 

そういう夜が

人生にはあるのだと思います。

2026/03/07

日本医師会賞を受賞してから、

よくこう言われます。

 

「神社さんは、きっと模範的な患者さんだったんですね。」

 

医師の言うことを守り、

治療に真面目に向き合い、

病気を乗り越えた人。

 

そんなイメージなのだと思います。



 

でも、正直に言います。

 

僕は、

かなり面倒な患者でした。

 

看護師さんを蹴飛ばしたことが、何度もあります。

 

手術をストライキして、

病院を飛び出したこともあります。

 

処方された薬を、

先生に内緒で全部捨てたこともあります。

 

海外に逃げたこともあります。

 

今思えば、

医療者の立場から見れば

完全に「問題患者」です。

 

それでも僕は、

医療を信頼していました。

 

先生を信頼していました。

 

だからこそ

必死で生きようとしていた。

 

人は、

本当に追い詰められると、

素直な患者では

いられないのだと思います。

 

それでも、

先生も看護師さんも、

僕を見捨てませんでした。

 

怒りながらも、

呆れながらも、

何度も、何度も、

向き合ってくれました。

 

もしあの時、

「言うことを聞かないなら知らない」

そう言われていたら、

僕はきっと死んでいました。

 

カウンセラーになってから

3万件以上の相談を受けてきて、

ひとつ気づいたことがあります。

 

いい子で、

言うことをよく聞く人ほど、

途中で

自分を諦めてしまうことがある。

 

逆に、

少し不良で、

自分を貫く人ほど、

最後は

自分の人生を生きている。

 

もちろん、

反抗すればいいという話ではありません。

 

医療を疑え、

そんな話でもありません。

 

ただ、

人生にはときどき

「それでも自分を諦めない」

という

少し面倒な強さが必要なのだと思います。

 

僕の中には

天使もいます。

 

でも、

同じくらい悪魔もいます。

 

優等生の部分もあれば、

暴れたくなる部分もある。

 

でも、

それでいいと思っています。

 

人間は

そんなふうにできているから。

 

あの闘病の日々が

教えてくれたことは、

ひとつです。

 

人は、

自分を諦めなければ

何度でも生き直せる。

 

最後に。

 

あの頃、

迷惑ばかりかけた先生や看護師さんへ。

 

ごめんなさい。

そして、

本当にありがとうございました。

 

どんな僕でも

見捨てなかったから。

 

だから僕は、

いま、生きています。

2026/03/06

僕はカウンセラーです。

 

難病を経験し、

医療の現場と向き合い、

これまでに30,000件を超える相談を受けてきました。

 

だからでしょうか?

 

よく言われます。

 

「たくさんの人を救ってきたんですね。」

 

そのたびに、少しだけ間があきます。

 

そして、こう答えます。

 

「僕は、誰も救えません」



 

僕は、かつてクローン病で、四年間の絶食生活を送りました。

 

毎晩、自分で鼻からチューブを入れ、

9時間かけて栄養を流し込む。

 

何度も死のうとしました。

 

でも、あのときの僕を

最後に立ち上がらせたのは誰か。

 

・医師ではありません

・家族でもありません

・本でもありません

 

最後に「生きる」を選び続けたのは、

僕自身でした。

 

医療は支えになる。

言葉は光になる。

 

でも、回復は

――本人のものです。

 

これは理屈ではなく、体で知っています。

 

だから僕は、「救います」とは言わない。

 

でも、救いという言葉は強い。

その裏には、

「あなた一人では無理だ」という響きが潜むから。

 

それを、僕は言いたくない。

 

人は、どれだけ弱っていても、

最後の一歩を踏み出す力を持っています。

 

折れても、

砕けても、

芯は残っている。

 

僕の仕事は、その芯を信じること。

 

「カウンセリングとは何か?」

 

それに対する僕の答えは、いつも同じです。

 

隣に座ること。

 

答えを与えることではない。

人生を変えてあげることでもない。

 

その人が、自分で立ち上がる瞬間を、

邪魔せず、奪わず、信じ続けること。

 

「神社さんに救われました」

と言われることがあります。

 

本当にありがたい。

 

でも、本当は違う。

 

その人が、自分を諦めなかった。

その人が、自分で選んだ。

 

僕は、そこにいただけです。

 

肩書きや実績は、

外側の証明にはなります。

 

でも、本質ではない。

 

本質は、

苦しみから目を逸らさないこと。

依存を生まない距離で関わること。

相手の人生を、奪わないこと。

 

僕は、誰も救えない!

 

でも、

誰かが自分を取り戻す瞬間に立ち会うことはできる。

 

それで十分だと、本気で思っています。

 

これが、僕の仕事の在り方です。


2026/03/05

40代を過ぎると、

恋愛は急に難しく感じます。



 

ときめきがなくなったわけではない。

誰かを好きになる力が消えたわけでもない。

 

それでも、怖い。

なぜでしょうか。

 

守るものが増えたから

です。

 

仕事も、立場も、子どもも、生活も。

簡単に壊せない現実がある。

 

だから慎重になる。

だから踏み出せない。

 

それは弱さではありません。

あなたがちゃんと人生を生きてきた証拠です。

 

・離婚を経験した人

・裏切られた人

・長い孤独を味わった人

 

心は一度、深く傷ついている。

 

だから思う。

 

「もう十分」

「恋愛なんて、しなくても生きていける」

 

確かに、生きてはいけます。

でも、

本当にそれで満たされていますか。

 

少しだけ、僕の話をします。

 

僕自身も、

愛することが怖かった時期があります。

 

本音を伝えれば、

距離ができるかもしれない。

拒絶されるかもしれない。

 

実際に、

関係が揺れたこともあります。

 

でも、あるとき決めました。

 

“傷つかないこと”よりも、
“本音で生きること”を選ぼうと。

その瞬間から、

人生は静かに変わりました。

 

愛は、安全地帯にはありません!

 

もしシングルなら、、、

・ずっと一人で頑張ってきた

・誰にも頼らず、強く生きてきた

 

でも、強さの奥にある本音を

あなたは知っているはずです。

 

 

本当は、愛したい。

本当は、愛されたい。

 

 

それは弱さではありません。

人間の本能です。

 

離婚を考えて揺れているのは、

あなたが真剣だから。

 

壊すことも、

続けることも、

どちらも簡単ではない。

 

でも、

あなたが幸せになろうとすることは、

決して間違いではない。

 

誰かの期待より、

自分の人生を優先していい。

 

40代の恋愛は、

若い頃と違います。

 

勢いではなく、覚悟。

ときめきだけでなく、現実。

夢だけでなく、責任。

 

だから怖い。

でも、

だからこそ深い。

 

怖いということは、

本気だということ。

 

あなたの命が、

まだ愛を諦めていない証拠です。

 

諦めるということは、

自分を幸せにすることも諦めるということ。

 

せっかく命を持って生まれてきたのに、

愛を体験しないなんて、もったいない。

 

ちゃんと命を生きよう。

 

怖くてもいい。

震えてもいい。

 

でも、自分の本音だけは裏切らないで。

 

40代からの恋愛は、

人生の“やり直し”ではなく、

人生の“本番”です。

 

あなたは、まだ愛していい。

そして、あなたは、

ちゃんと愛される存在です。

 

恋愛は、

ひとりで抱えるほど難しくなります。

 

本気で向き合いたい方は、

個別にお話ししましょう。

 

https://kanja.info/contents_914.html


2026/03/04

親であるあなたに、読んでほしい。

ありのままを認められない親は、
自分だけでなく、
子どもまで不幸にすることがあります。

 

 

少し、重たい話をします。

 

先日、10代の男の子から相談を受けました。

彼は勇気を出して、お母さんにこう伝えたそうです。

 

「僕は、男の子が好きなんだ」

 

すると返ってきた言葉は、

 

「今はいいけど、大人になったら女の子がいいのよ」

 

全否定ではありません。

怒鳴られたわけでも、家を追い出されたわけでもない。

 

でも、その瞬間、彼は心の中で決めたそうです。

 

「もう母には、絶対に相談しない」

 

なぜか。

 

彼は気づいてしまったのです。

“母は、僕を理解したいのではなく、母の望む形に戻したいのだ”と。

 

そしてさらに、こうも言いました。

 

「思い返せば、これまでも全部そうだった」

 

子どもにとって、親は世界のすべてです。

その環境の中でしか、生きてきていないのだから当然です。

 

だからこそ、親の無意識の一言は、

子どもの人生観を静かに決定づけます。

 

「あなたのままでは、どこか足りない」

 

そう受け取った瞬間、

子どもは“自分を隠す”ことを覚えます。

 

そして、親の前でだけでなく、

世界の前でも、本音を出せなくなっていく。

 

もちろん、親も悪気はない。

心配しているだけ。

幸せになってほしいだけ。

 

でも――

 

「あなたの幸せは、私が決める」

 

それを無意識にやってしまったとき、

支配は、愛の顔をして始まります。

 

もし、

 

  • 子どもがどこか苦しそうなら
  • どこか怯えているなら
  • どこか遠慮しているなら

 

そこには、親の責任もあるかもしれない。

 

思い通りに育てようとしてこなかったか。

“正しさ”を押し付けてこなかったか。


僕たちもまた、誰かの子どもでした。

無意識の言葉に、傷ついた経験があるはずです。

 

だからこそ。

 

できるだけ、否定の言葉を使わない。

まずは、全部受け止める。

 

「そうなんだね」

「それもいいね」

 

その一言が、子どもの未来を守ることがある。

 

自由を与えられる存在でいたい。

 

自分の人生を、自分で選んでいいのだと、

背中で伝えられる親でありたい。

 

ありのままを認めることは、

甘やかすことではありません。

 

それは、

その人の人生を、

その人に返すということです。

2026/03/03

「先生、私のオーラは何色ですか?」

 

そう聞かれるたびに、少し考えます。

ああ、日本だな、と。

 

僕はオーラが見えます。

 

これは事実です。

誇張でも、演出でもありません。

 

けれど——

そこに、あなたの人生の答えはありません。




 

イギリスでは、誰も色を気にしなかった

イギリスにいた頃、

Arthur Findlay Collegeで学んでいても、

「あなたのオーラは何色ですか?」

なんて、ほとんど聞かれませんでした。

 

大切なのは色ではなく、

どう在るか。

どう生きるか。

 

ところが日本に帰ると、

「オーラ診断をしてほしい」

「私は何色ですか?」

と、強く求められる。

 

不思議です。

 

多くの人が、自分に自信がない。

だから他人の“見える力”を通して、自分を知ろうとする。

 

それ自体は悪くありません。

 

オーラは、自分を客観視するための“ひとつのツール”にはなります。

 

でも——

見える=正しい、ではない

ここは、はっきり言います。

 

僕は見えます。

でも、

見える人がいつも正しいわけではありません。

 

人は基本的に、

自分のフィルター越しに他人を見ています。

 

そこに絶対的な正解はない。

本質を捉えている保証もない。

 

もしそこに愛と責任があるならいい。

けれど、言われたことを無条件に信じ込むのは、危険です。

 

見える人の言葉は、強く響きます。

だからこそ、簡単に影響される。

 

でも、それはあくまで

「ひとつの見方」にすぎません。


 

真理でもなければ、運命でもない

診断に依存すると、自分を失う

今日は「あなたは青」と言われ、

明日は「紫ですね」と言われる。


そのたびに心が揺れる。

 

それはオーラの問題ではありません。

自己信頼の問題です。

 

人の言葉に振り回されるほど、

自分の声は小さくなっていきます。

 

それでなくても、私たちは

親、教師、社会、パートナー……

たくさんの他人の言葉に影響されて生きてきました。

 

これ以上、誰かの“見えたもの”に

人生の舵を渡さなくていい。


 

本当に大事なのは、色ではなく軸

オーラは見えます。

でも、それは参考資料です。

 

大事なのは、

「私はどう感じるのか」

「私は何を選びたいのか」

「私はどんな自分でいたいのか」

そこに戻れる力。

 

本当に出会うべき人は、

あなたに色を与える人ではなく、

あなたが自分を信じる方法を、教えてくれる人です。

 

精神世界が好きなら、なおさら。

 

疑う力も、目覚めの一部。

信じる力も、修行のひとつ。

 

僕はオーラが見えます。

 

でも、

あなたの光を決めるのは、僕ではありません。

あなたです。

2026/03/02

最近、カウンセリングで、こんな相談を受けました。

 

「新しく手にしたものが、どうも合わない気がする」

「それから流れが悪くなった気がする」

 

もしあなたも、

似たようなことを思ったことがあるなら、

少しだけ立ち止まってください。

 

それ、モノの問題ではありません!

モノに、運を下げる力はありませんから。

 

でも。

 

モノのせいにした瞬間、

自分の人生の主導権は外に渡ります。


ここが一番危ない。

 

嫌なら手放せばいい。

 

  • 処分する
  • 譲る
  • 距離を置く

 

それだけの話です。

 

でも多くの人は、

手放さないまま「相性が悪い」と言い続ける。

 

つまり問題は、

 

モノではなく

決められない自分です。



 

これは持ち物だけの話ではありません。

 

「あの出来事から流れが悪い」

「あの人と関わってから運が落ちた」

 

そう感じることもあるでしょう。

 

でも現実はシンプルです。

 

今の自分の状態に合うものが

目の前に現れているだけ。

 

外に原因を置き続ける限り、

人生は変わりません。

 

ある程度生きてくると、

言い訳はとても上手になります。

 

でも人生の後半戦は、

 

「誰のせいにするか」

 ではなく

「自分がどう選ぶか」


ここで差がつきます。

 

厳しいことを言います。

 

モノのせいにする癖は、

やがて人のせいになり、

最後は人生のせいになります。

 

でも逆に言えば、

 

ハンドルを握り直した瞬間、

流れは変わります。

 

ここまで読んで

少しモヤッとした方へ。

 

責めているのではありません。

 

ただ、あなたはもう

“気づける位置”にいるということです。

 

運が悪いのではない。

選択を先送りしているだけ。


小さな決断をひとつ。

それだけで、流れは動き出します。

 

人生は、モノではなく

あなたが動かしています。

2026/03/01

「普通がいちばんだよ。」

 

この言葉に、何度、救われなかったことか。

 

難病になったとき、

一番つらかったのは、

痛みでも、副作用でもありませんでした。

 

普通に戻れないかもしれない。


その恐怖です。

 

・普通に食べる

・普通に働く

・普通に結婚する

・普通に老いる

 

その“普通”という言葉が、

どれだけ人を追い詰めるか。

 

僕は、身をもって知りました。

 

そもそも、普通とは何でしょうか。

 

統計上の中央値?

多数派の生き方?

親が望んだ人生?

 

それはたいてい、

誰かの基準です。

 

自分の基準ではない。

 

僕は一度、

「普通」を取り戻そうとしました。

 

完治して、

体力を戻して、

同世代と同じ速度で生き直そうとした。

 

でも、それは無理でした。

 

無理をすればするほど、

体も、心も、壊れる。

 

そこで初めて気づきました。

 

普通は、目指すものではない。

 

普通を諦めたとき、

世界が少し静かになりました。

 

・サラリーマンになれない

・体力勝負はできない

・安定のルートは難しい

 

ならばどうするか?

 

自分の条件で、生き直す‼️

 

朝から晩まで働けないなら、

短い時間で深く関わる仕事をする。

 

毎日動き回れないなら、

動かなくても価値を生む方法を探す。

 

“普通”を外したら、

可能性はむしろ広がりました。

 

カウンセラーでいることも、

資格に縛られないことも、

流れに任せていることも、

 

すべて「普通」を外した結果です。

 

・肩書きに安心しない

・多数派に合わせない

・世間体に寄りかからない

 

代わりに、

自分の実感を信じる‼️

 

これが、僕の基準です。

 

普通を信用しない、と言うと、

反抗的に聞こえるかもしれません。

 

でも違います。

 

普通は、悪ではない。

ただ、“万能ではない”。


合う人には合う。

合わない人には、毒になる。


僕は後者でした。



 

もし今、

普通に戻れなくて苦しんでいる人がいるなら。

 

戻らなくていい。

普通を疑っていい。

 

あなたの身体と、あなたの事情と、

あなたの速度で、生きればいい。

 

普通は、平均値。

あなたは、唯一無二。

 

平均に合わせて、命を削る必要はありません。

 

僕が普通を信用しないのは、

普通に救われなかったから。

 

そして、普通を外したとき、

ようやく元気になれたからです。

 

それだけです。