「普通がいちばんだよ。」
この言葉に、何度、救われなかったことか。
難病になったとき、
一番つらかったのは、
痛みでも、副作用でもありませんでした。
普通に戻れないかもしれない。
その恐怖です。
・普通に食べる
・普通に働く
・普通に結婚する
・普通に老いる
その“普通”という言葉が、
どれだけ人を追い詰めるか。
僕は、身をもって知りました。
そもそも、普通とは何でしょうか。
統計上の中央値?
多数派の生き方?
親が望んだ人生?
それはたいてい、
誰かの基準です。
自分の基準ではない。
僕は一度、
「普通」を取り戻そうとしました。
完治して、
体力を戻して、
同世代と同じ速度で生き直そうとした。
でも、それは無理でした。
無理をすればするほど、
体も、心も、壊れる。
そこで初めて気づきました。
普通は、目指すものではない。
普通を諦めたとき、
世界が少し静かになりました。
・サラリーマンになれない
・体力勝負はできない
・安定のルートは難しい
ならばどうするか?
自分の条件で、生き直す‼️
朝から晩まで働けないなら、
短い時間で深く関わる仕事をする。
毎日動き回れないなら、
動かなくても価値を生む方法を探す。
“普通”を外したら、
可能性はむしろ広がりました。
カウンセラーでいることも、
資格に縛られないことも、
流れに任せていることも、
すべて「普通」を外した結果です。
・肩書きに安心しない
・多数派に合わせない
・世間体に寄りかからない
代わりに、
自分の実感を信じる‼️
これが、僕の基準です。
普通を信用しない、と言うと、
反抗的に聞こえるかもしれません。
でも違います。
普通は、悪ではない。
ただ、“万能ではない”。
合う人には合う。
合わない人には、毒になる。
僕は後者でした。

もし今、
普通に戻れなくて苦しんでいる人がいるなら。
戻らなくていい。
普通を疑っていい。
あなたの身体と、あなたの事情と、
あなたの速度で、生きればいい。
普通は、平均値。
あなたは、唯一無二。
平均に合わせて、命を削る必要はありません。
僕が普通を信用しないのは、
普通に救われなかったから。
そして、普通を外したとき、
ようやく元気になれたからです。
それだけです。