難病を克服して、どうしてカウンセラーになったのですか――
そう問われることがあります。
志があったから?
使命感に燃えたから?
違います。
それしか、できなかったから。

もともと、僕は教師になるつもりでした。
大学を卒業した後、さらに2年。
教育課程を追加で履修し、教員免許を取得しました。
実際、教える仕事は向いていたと思います。
評判も悪くなかった。
教壇に立つ自分を、自然だと感じてもいました。
事実、イギリスで日本語教師をして、
勘違いかもしれないけど、
とにかく、みんなから愛された。
それでも、なぜか、今ここにいる。
教師ではなく、カウンセラーとして。
理由は、きわめて単純です。
求められたから。
・相談が来る
・話を聴く
・また紹介が来る
気づけば、続いていました。
目指してなったというより、
流れの中で残った職業。
もちろん、闘病時代の母のような人を
支えたいという気持ちは、ずっとありました。
でも、「カウンセラーになろう」と
強く志したわけではありません。
僕は精神科医ではない。
臨床心理士でも、公認心理師でもない。
その資格を取ろうと思わなかった理由は、
驚くほどシンプルです。
いつ辞めてもいいと思っているから。
資格で縛られたくなかった。
肩書きで守られたくもなかった。
求められなくなったら、やめればいい。
そのくらいの距離感で、続いてきました。
正直に言えば、
今は「書くこと」のほうが楽しい。
「話す」ことも、好きです。
・医療の現場で体験してきたこと
・患者として見てきた現実
・治療と回復の間で学んだ知恵
それを発表し、共有し、
雑誌や本で伝えていく。
そちらのほうが、
いまの心にはフィットしている気もします。
けれど。
それでも、
求められるのは、カウンセリング。
予約が入り、
「神社さんに話を聞いてほしい」
と言われる。
これはきっと、
まだこの仕事が、
僕にとって意味を持っている証拠なのでしょう。
無理に方向転換する必要はない。
自然に任せる。
流れが変われば、変わればいい。
嫌ではない。
むしろ、ありがたい。
難病を克服したからカウンセラーになった、
という美しい物語ではありません。
ただ、生き延びた結果、
いまここにいる。
そして、必要とされる場所で、
できることをやっている。
それだけです。
肩書きよりも、
流れ。
使命よりも、
自然。
僕はたぶん、
「なる」のではなく、
「残る」タイプの人間なのだと思う。