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お布施ブログ

神社昌弘のお布施ブログです。

実体験から得た「生きる知恵」を、皆様の日常に役立てていただきたいという願いを込めて書いています。


最新のコラムは、こちらにも書いています。
2025/05/09

カウンセリングをしていると、よく聞かれます。


「心配しすぎる性格を、どうにかしたい」

「もう少し、ラクに生きられるようになりたい」

「頑張りすぎて疲れてしまう自分を、変えたい」——と。


けれど、

「心配しないでください」

「頑張らなくていいんですよ」

そんな言葉は、案外、響きません。


それは、すでに本人が一番よくわかっているから。


それができないから、苦しんでいるのです。




人の性格や気質というのは、長い時間をかけて培われたもの。

それを変えるには、「気合い」や「一言」では動かないのが現実です。


でも、その中でも希望はある。


それは、


「変わりたいと思っている自分が、ここにいる」


という事実です。


変われないのではなく、

今はまだ、本気で変わる準備が整っていないだけなのかもしれません。


人は、ある意味、“死ぬような体験”をしないと、本気では変われない。


僕自身も、クローン病を通してそれを体験してきました。


だから、カウンセリングでは焦らずに、

相手の話をただ、誠実に聴きます。


アドバイスではなく、傾聴と尊重からはじめます。


小さな気づきが、

やがて大きな行動に変わるその瞬間まで、

信じて、付き合い続けるのが僕の仕事です。


それでも、特に“身内”に対しては、

なかなか変化を信じられない自分が顔を出します。


言っても伝わらない。

わかってもらえない。


何より、心がすり減る——


だからこそ、僕はあえてこう伝えたい。


「変わってもいいし、変わらなくてもいい。
でも、いま苦しいなら、“いまと同じこと”を繰り返さない方がいい。」

その一歩が、いつかあなた自身の未来を救ってくれるから。


今日もまた、そんな想いを胸に、

僕はひとりひとりと向き合っています。


神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)


2025/05/08

ゴールデンウィークに、映画『ベイマックス』を観ました。




…といっても、もともと僕は、

ディズニーも、アニメも、まったく興味がなかったタイプです。


きっかけは、友人からのプレゼント。


ディズニーランドのチケットをいただいて、

“人生で初めて、大人になってからのディズニー”へ。


そして、ふらっと乗ってみたアトラクション――


ベイマックスのライド。


最初は、「なんなのこの雪だるま?」くらいの感覚だったんですが(笑)、

なぜか、印象に残ったんです。


ゆるくて、真っ白で、

何を考えてるのかわからないけど、なんだか、気になる存在。


そして、帰ってから映画を観てみた。


正直、びっくりしました。


子ども向けかと思いきや、

大人こそ、心を揺さぶられるストーリー。


「ケアとは何か?」
「癒しとは何か?」

まさに、カウンセラーとしての自分にも深く刺さるテーマでした。


ベイマックスは、人の心を癒すロボット。


でも、彼がしていることは、

実は僕たちが日々やっていることにとても近い。


ただ黙ってそばにいること。

必要なときに声をかけること。

相手の痛みを“評価せず”に、認めること。


それは、何か特別な力ではなく、

「誰にでもできる、やさしさの形」

だと改めて感じました。


僕もまた、誰かの心のベイマックスになれるように。

今日も、声を聴きながら過ごしています。


…それにしても、ベイマックス。

なんであんなに、かわいいんでしょうね(笑)


神社昌弘(かんじゃまさひろ:本名)


2025/05/06

僕は時々、一人でカラオケに行きます。


理由は単純。

ただ、大きな声を出したいだけ。


ストレスを発散したくて。

そして、何より――ただ楽しみたいから。


でも、不思議なもので、

2回目、3回目と通ううちに、少しずつ“変化”が起きました。


最初は歌うことが純粋に楽しかったのに、

いつの間にか、画面に表示される“点数”が気になり出していたんです。


「え、89点か…。もう一回やり直そう」

「95点超える曲だけ、選ぼうかな」


そんなふうに、“楽しさ”よりも“正しさ”を求めて、

「うまく歌える曲」ばかりを選ぶようになっていた。 



これって、人生と似ているなと思いました。 


ほんとは歌いたい曲がある。

ほんとはやってみたいことがある。


でも、「失敗したくない」

「うまく見せたい」

「人からどう見られるか気になる」――


そんな理由で、

“うまくやれること”ばかりを無意識に選んでしまっていた。



大人になるって、

そういうことなんだろうか。


無難にこなすこと。

叱られないように動くこと。

目立たずに、安全に生きること。


でも、本当にそうだろうか?

それって、自分の人生を「点数」で測るようなものじゃないか?


もちろん、まわりの目も気になります。

うまくやりたい気持ちもあります。


でも、それよりも、

「心から楽しむ」という感覚だけは、忘れたくないと思いました。


“正しさ”に縛られて、

“楽しさ”を見失ってしまうくらいなら、

たとえうまくできなくても、

自分がワクワクする方を、選びたい。


今、あなたがやっていること。

ほんとうに心が動いていますか?


それは、「歌いたいから歌ってる」ことですか?


僕は今日も、点数は気にせず、

ちょっと懐かしい好きな曲を、

誰もいない部屋で思いっきり歌いました。


正解じゃなくて、

共鳴するものを選べる人生でありたいですね。


神社 昌弘



2025/05/05

こんにちは。神社昌弘です。


今日は少しだけ、私がなぜこの仕事をしているのか、その原点についてお話ししたいと思います。

 

私が20歳の時、突然「クローン病」という難病を発症しました。

大学生でした。


これから人生を切り拓いていこうという時に、

「一生治らない」と言われる病気に、いきなり立ち止まらされたのです。

 

その後、8度の手術と、4年間の絶食生活。

口から何も食べられず、点滴だけで命をつなぐ日々が続きました。


若さも夢も未来も、

すべてが遠く感じられ、

正直、「なんで自分だけが…」と何度も思いました。

 

でも、そんな苦しみの中で、

少しずつ見えてきたものがありました。

 

■ 「心の状態」が、身体や病気の向き合い方に大きく影響すること

■ 「誰かに話せる」ことで、自分を取り戻せる瞬間があること

■ そして、「痛みを知った人」だからこそ寄り添えることがある、ということ

 

これらの体験が、

今の私のカウンセリングの土台になっています。

 

2016年には、テレビ東京『生きるを伝える』という番組に出演し、

この経験についてお話しさせていただく機会をいただきました。



▶︎ 番組ページはこちら

📺 苦しみの先の幸せを見つめて/神社昌弘(テレビ東京)


全国放送で自分の病気の話をするのは、正直とても勇気が要りました。

でも、それ以上に、「この経験が誰かの力になれば」と願っていました。

 

今では、3万件を超えるカウンセリングを重ね、

少しでも“生きづらさ”を抱える方に寄り添いたいという思いで、

日々、画面越しや対面でお話を聴かせていただいています。



痛みや悲しみは、

それだけでは「意味のない苦しみ」に感じるかもしれません。


でも、そこから誰かに手を差し伸べられる力に変わったとき、

人生は少しずつ、希望の方向へと動き出す。

私は、それを身をもって体験してきました。

 

だから、もしあなたが今、

自分の道に迷っていたり、心に疲れを感じているなら、

どうか思い出してください。

 

「今いる場所が、終点ではない」

ということを。

 

そして、よかったら、

私と一緒に「心を整える時間」を持ってみませんか?


あなたの中にある光が、また輝き出すように。

そのお手伝いができたら、何よりうれしいです。

 

神社 昌弘

2025/05/04

東京にいると、なぜかよく外国人の方に道を聞かれます。


駅前でも、信号待ちでも、

「あ、絶対に来るな…」

と感じたその瞬間、スッと近づいてこられて、声をかけられる。

「Excuse me…」
「ホテルはどこですか?」
「この場所に行きたいのですが…」

昨日も、スペインから来られた女性が、迷い込んだようにキョロキョロされていて、目が合った瞬間、にこっとしたら、一気に駆け寄ってこられました(笑)



幸い、多少は英語が話せるので、身振り手振りも交えて、目的地を案内。


不思議と、話しかけられるのって、

“話しかけても大丈夫そうな雰囲気”

があるのかもしれません。


でも、それはたぶん、僕自身が、何度も海外で道に迷いながら、たくさんの人に助けてもらってきたから。


ロンドンの駅、

シドニーのバス停、

まったく読めない標識の国で、

やさしく声をかけてくれた人たち。


その時の“安心”って、忘れられないんですよね。


だから今は、立場が逆になっただけ。

持ちつ持たれつ、助け合いのリレー。


はじめての場所には、ワクワクと不安が、どちらも詰まっています。


そんなときに、

「大丈夫。楽しんでおいでね」

と言ってもらえると、人って、ぐっと安心するものです。


僕もそんなふうに、誰かの“少しの不安”に手を差し伸べられるような、さりげない存在でありたいと思います。


道を聞かれるって、案外、光栄なことなのかもしれません。


神社 昌弘
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