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心の処方箋

恋愛、人生、心について

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本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/10/28

 

先日、Instagramのリール動画に、あるコメントが届きました。

 

僕のプロフィールにある「4年間の絶食」という経験について、「詐欺ではないか」という内容でした。

 

正直、驚きました。

 

20歳でクローン病を発症し、8度の手術を受け、4年間、食事を口からとることができなかった。

 

それは、僕にとって紛れもない現実です。

 

ところが、今の僕は元気です。

 

仕事をして、音楽を楽しんで、おしゃれもして、よく笑っています。

 

だからでしょうか。

 

「神社くんだからできるよね」

 

そんなふうに言われることもあります。

 

ありがたい言葉です。

 

でも、ときどき、少し寂しくなるんです。

 

僕だから簡単にできたわけじゃない。

 

そこに至るまで、どれほどの時間をかけ、どれほど悩み、苦しみ、必死になって生きてきたことか。

 

今の笑顔だけを見ている人には、きっと想像もつかないのでしょう。

 

もちろん、苦労を認めてほしくて生きてきたわけではありません。

 

褒めてもらうためでも、誰かに感謝されるためでもない。

 

ただ、自分が生きたかった。

自分の人生を、諦めたくなかった。

 

だから、できることを一つずつ積み重ねてきました。

 

そして今、その経験が少しでも誰かの役に立つなら、こんなに嬉しいことはありません。

 

でも、今回のコメントを読んだとき、怒りや悲しみ以上に、虚しさが残りました。

 

「やっぱり、伝わらないんだな」

 

そんな気持ちです。

 

コメントは削除しました。

けれど、心の中のモヤモヤは、なかなか消えませんでした。

 

頭ではわかっているんです。

すべての人に理解してもらうことなんてできない。

 

わかってもらうために、いちいち説明する必要もない。

 

それなのに、なんとも言えない悔しさが残る。

 

そこで昨夜、この気持ちを柏﨑に話しました。

 

何か解決策がほしかったわけではありません。

ただ、聞いてもらいたかった。

 

すると、不思議なもので、話しているうちに気持ちが整理され、ずいぶん楽になりました。

 

ああ、僕は、こんなに悔しかったんだな。

 

そう気づいたんです。

 

僕はこれまで、3万件以上のご相談に向き合ってきました。

 

その中で、何度も感じてきたことがあります。

 

人は、頭で理解しているからといって、気持ちまで整理できているとは限らない。

 

そして、誰かに話すことで、初めて自分の本音に気づくこともある。

 

今回は、僕自身がそれを改めて実感しました。

 

カウンセラーも、人間ですからね。

 

そら、いろいろあります(笑)

 

そして、今回の出来事を通して、もうひとつ思いました。

 

目の前の人が笑っているからといって、その人が簡単に生きてきたとは限らない。

 

元気そうな人にも、誰にも知られていない苦労があります。

 

明るい人にも、ひとりで泣いてきた夜があります。

 

何でもできるように見える人にも、できなかった頃の自分がいる。

 

僕は、そんな見えない時間を、これからも大切にしたいと思います。

 

そして、もし今、誰にも理解してもらえない気持ちを抱えている人がいたら。

 

無理に立派な答えを出さなくてもいい。

誰かに、ただ話してみるだけでもいい。

 

話すことで、少し楽になることがあります。

 

人生を整えるというのは、何も感じなくなることではなく、自分の本当の気持ちに気づいていくことなのかもしれません。

 

僕自身、まだまだ、その途中です。


2026/10/23

僕は、よく神社に行きます。

 

名前が「神社」だから、神社が好き。

……というわけでもないんです(笑)

 

誰かに勧められたわけでもなく、特別なお願い事があるわけでもない。

 

ただ、なぜか行きたくなるんです。

 

そして不思議なことに、何度訪れても、何かしら新しい発見があります。

 

今日も、神社でそんなことを考えていました。

 

 

心が落ち着くと、違和感に気づける

神社を訪れると、僕は自然と気持ちが落ち着きます。


すると、普段は気づかなかったことが見えてくる。

 

「あれ? 本当は、ちょっと嫌だったのかな」

「そうか。僕は、こっちの方が好きなんだ」

 

そんな小さな気づきです。

 

人は、忙しかったり、誰かに気を遣っていたりすると、自分の本音がわからなくなることがあります。

 

でも、気持ちが落ち着いてくると、それまで見過ごしていた違和感にも気づきやすくなる。

 

僕にとって神社は、そんな時間を過ごせる場所なのかもしれません。

使命は、探すものなのだろうか

昔、イギリスで働いていた頃、「使命」を表す言葉として calling という英語に出会いました。

 

call は「呼ぶ」という意味。

calling には、天職や、強く心を惹かれる仕事といった意味があります。

 

僕は、この言葉が好きです。

 

使命というと、何か大きなことを成し遂げたり、特別な役割を見つけたりしなければいけないように感じます。

 

でも、本当にそうでしょうか。

 

・誰かに言われたわけでもないのに、やってしまうこと。

・頑張っているつもりはないのに、長く続いていること。

・褒められるわけでも、お金になるわけでもないのに、なぜか好きなこと。

 

そういうところにも、自分らしさは表れるのだと思うんです。


 

「好きなこと」は、もう始まっているのかもしれない

カウンセリングでも、「自分が何をしたいのかわからない」というお話を伺うことがあります。

 

そんなとき、僕は、何か新しい目標を見つけることだけが答えだとは思いません。

 

・これまで何をしてきたのか。

・何をしているときに、自然でいられるのか。

・誰にも頼まれなくても、ついやってしまうことは何なのか。

 

そんな日常の中にも、その人らしさが隠れていることがあります。

 

僕の場合は、神社に行くことも、そのひとつ。

 

だからといって、何か特別な使命があると断言するつもりはありません。

 

ただ、好きだから行く。

それだけでも、十分だと思っています。

 

もし今、「自分の好きなことがわからない」と感じているなら。

 

無理に新しい何かを探す前に、これまでの自分を少し振り返ってみてもいいかもしれません。

 

・誰にも褒められなくても、ついしてしまうこと。

・気づけば、長く続けていること。

 

あなたには、何がありますか?

 

案外、当たり前すぎて、好きだということさえ忘れているのかもしれません。


2026/10/22

昨日、10月21日(水)

 

東京・目白で開催した「ピアノと、エレクトーンと、ここだけの話。」が、無事に終了しました!

 

ご参加くださった皆さま、本当にありがとうございました。

 

いやぁ、楽しかった!

 

もちろん、皆さんに楽しんでいただきたくて企画したのですが、もしかすると、僕たちが一番楽しんでいたかもしれません(笑)

 

ピアノを弾いて、エレクトーンを聴いて、おしゃべりをして、笑って。

 

気がつけば、あっという間の2時間でした。

 

 

上手に弾くことより、大切だったこと。

 

今回のテーマは、

 

「人生、楽しいのはこれから!」

 

僕はピアノをメインに、柏﨑圭祐はエレクトーンを。そして連弾!

 

MISIAの『アイノカタチ』

アンドレ・ギャニオンの『めぐり逢い』

ABBAの『ダンシング・クイーン』

テレサ・テンの『つぐない』など、

 

さまざまな音楽をお届けしました。

 

もちろん、僕たちは音楽家として活動しているわけではありません。

 

僕の本業はカウンセラー。

 

普段は、人の悩みを聴いたり、人生を一緒に考えたりしています。

 

だからこそ、こうして音楽を通して皆さんと時間を分かち合えることが、なんとも新鮮で、嬉しかったのです。

 

 

何より、昨日あらためて感じたことがあります。

 

それは、

 

人は、誰かと一緒に楽しむことで、思っている以上に心が満たされる。

 

ということ。

 

何か特別な答えが見つからなくてもいい。

 

立派な話をしなくてもいい。

 

好きな音楽を聴いて、笑って、同じ時間を過ごす。

 

それだけで、心がふっと軽くなることがあるのですね。

 

48歳。まだまだ、人生は面白い。

 

 

僕は20歳のとき、クローン病という難病を発症しました。

 

8度の手術を受け、4年間、食べることもできませんでした。

 

あの頃の僕は、今日を生きるだけで精一杯。

 

将来の夢どころか、明日のことさえ考えられない日もありました。

 

そんな僕が、48歳になった今。

 

東京で暮らし、好きなピアノを弾き、大切な人たちと笑い合っている。

 

人生って、本当にわからないものです。

 

もちろん、今だって悩みはあります。

 

思いどおりにいかないことも、たくさんあります。

 

でも、だからこそ思うのです。

 

人生は、落ち着いてから楽しむものではないのかもしれません。

 

仕事が一段落したら。

子育てが終わったら。

 

お金に余裕ができたら。

もっと自信がついたら。

 

そうやって「いつか」を待っているうちに、時間はどんどん過ぎていきます。

 

僕も、ずいぶん遠回りしてきました。

 

でも、最近は思うんです。

 

もう少し、自分の「好き」を大切にしてもええんちゃうかな、と。

 

上手じゃなくてもいい。

誰かに褒められなくてもいい。

 

ただ、自分が楽しいと思えることを、自分に許してあげる。

 

そんな時間が、これからの人生を豊かにしてくれる気がしています。

 

 

昨日の幸せを、少しだけお裾分け。

 

今回のライブの様子を、短いダイジェスト動画にまとめました。

 

ピアノとエレクトーン、そして僕たちの楽しそうな様子を、ぜひご覧ください。

 

きっと、僕たちがどれだけ楽しんでいたか、伝わると思います(笑)

 

▶ ピアノ&エレクトーン・トークライブ ダイジェスト動画はこちら(YouTube Shorts)

 

https://youtube.com/shorts/-Gzht4D7uvs?si=wTP4FWONS6ki9viz

 

次回は、12月13日。クリスマスコンサート!

 

そして、嬉しいお知らせです。

 

次回は、2026年12月13日(日)の夕方から、クリスマスコンサートを開催する予定です。

 

ピアノとエレクトーンの演奏はもちろん、クリスマスらしい、心あたたまる時間をご一緒できたらと思っています。

 

年末の忙しさを少し忘れて、音楽を楽しみ、笑って、心をゆるめるひととき。

 

そんな時間にしたいと思っています。

 

詳細は、あらためてご案内いたしますね。

 

昨日お越しくださった皆さま、本当にありがとうございました。

 

そして、今回はお会いできなかった皆さまも、いつかぜひご一緒しましょう。

 

 

僕はカウンセラーとして、これまでたくさんの方の人生に触れてきました。

 

その中で思うのは、人は何歳からでも、新しい楽しみを見つけられるということ。

 

大きな夢でなくてもいいんです。

 

久しぶりに好きな音楽を聴く。

会いたかった人に連絡してみる。

やってみたかったことを、ひとつ始めてみる。

 

そんな小さな一歩から、人生はまた面白くなるのかもしれません。

 

人生、楽しいのはこれから。

 

僕自身、これからもその言葉を実践していきたいと思います。

 

次は、クリスマスにお会いしましょう!


2026/10/20

自宅から、たった1時間。

こんなにも景色が変わるなんて。

 

そして、こんなにも気持ちが変わるなんて。

 

今日は久しぶりに、心と体を休めるため、まったく知らない街へやってきました。

 

平日の昼間。

人もまばらで、静か。


緑がいっぱいで、木漏れ日がきれいで、風が気持ちいい。

 

ただ、それだけ。

 

なのに、なんだか泣きたくなるくらい、幸せでした。

 

テレワークという名の、ひきこもり生活。

僕は普段、都会のど真ん中で暮らしています。

しかも、仕事はカウンセリング。

 

オンラインでの仕事も多いので、自宅にいながら、ほとんどのことができてしまいます。

 

便利な時代になりました。

でも、気づけば朝から晩まで家の中。

 

いわば、テレワークという名の「ひきこもり」です(笑)

 

外に出なくても仕事ができる。

人と会わなくても仕事ができる。

 

ありがたい環境なのですが、いつの間にか、自分の世界がずいぶん小さくなっていたのかもしれません。

 

今日、緑の中を歩きながら、ふと思いました。

 

「あぁ、僕、けっこう頑張ってたんやなぁ」

 

忙しいときには、そんなことすら思わなかったのに。


 

人の疲れには気づけても、自分の疲れには鈍感だった。

僕はこれまで、3万件以上のご相談を聴いてきました。

 

「もう十分頑張ってこられましたね」

「少し、ご自身のことも大切にしてくださいね」

 

そんな言葉を、何度もお伝えしてきました。

 

ところが、いざ自分のこととなると、案外わからないものです。

人の気持ちには敏感なのに、自分の疲れには鈍感。

 

カウンセラーも、まだまだ修行中です(笑)

 

でも、僕は思うんです。

 

人って、頑張っている最中には、自分がどれほど頑張っているのか、なかなか気づけないのかもしれません。

 

特に、長い間、誰かのために生きてきた人は。

 

家族のため。

仕事のため。

親のため。

子どものため。

大切な人を悲しませないため。

 

そうやって気を遣い続けているうちに、「自分はどうしたいのか」が、わからなくなってしまうことがあります。

 

そして、やっと休める日が来ても、何かしていないと落ち着かない。

休むことにさえ、罪悪感を覚えてしまう。

 

そんなお話を、僕は何度も聴いてきました。


 

何の役にも立たない時間が、こんなに幸せだった。

今日、僕が嬉しかったのは、緑がきれいだったことだけではありません。

 

何もしていない自分を、心地よく感じられたことです。

 

誰かの相談に乗っているわけでもない。

何かを達成したわけでもない。

誰かに褒められたわけでもない。

 

ただ、木漏れ日の中を歩いている。

それだけで、幸せだったんです。

 

僕たちは、ともすると、自分の価値を「何ができたか」「誰の役に立てたか」で測ってしまいます。

 

でも、本当は。

何もできない日があってもいい。


誰の役にも立たない時間があってもいい。

疲れたら、疲れたと言ってもいい。


人の役に立っているときだけ、価値があるわけじゃない。

そんな当たり前のことを、今日は自分自身に教えてもらった気がしました。


 

僕がカウンセリングで大切にしていること。

僕は、カウンセリングに来てくださる方を、もっと頑張れる人にしたいわけではありません。

 

もう十分、頑張ってこられた方が、自分の気持ちに気づき、自分の人生を少しずつ取り戻していく。

そのお手伝いがしたいのです。

 

「本当は、もう疲れた」

「誰にも気を遣わずに生きてみたい」

「私だって、幸せになりたい」

 

そんな本音を、安心して口にできる場所でありたいと思っています。

 

人生を立て直すというと、何か大きな決断が必要な気がするかもしれません。

 

でも、必ずしもそうではありません。

 

今日の僕のように、たった1時間、いつもの場所を離れてみる。

そこで初めて、自分の気持ちに気づくこともあるのです。

 

もし今、頑張っているのに心が満たされなかったり、自分が何を望んでいるのかわからなくなっていたりするなら。

 

一度、ゆっくりお話ししてみませんか。

 

答えを急がず、あなた自身の気持ちを、一緒に整理していけたらと思います。

 

カウンセリングの詳細は、カウンセリングのページをご覧ください。

 

 

さて。

 

今日は、もう少しだけ、この知らない街を歩いてみます。

 

帰ったら、またいつもの都会暮らし。

そして、ひきこもり生活(笑)

 

でも、今日の木漏れ日は、きっとしばらく忘れないと思います。

 

幸せって、遠くまで探しに行かなくても、案外、近くにあるものですね。


2026/10/15

今日は、東京・日枝神社へお礼参りに行ってきました。

 

お願いごとをするためではなく、「ありがとうございました」を伝えるためです。

 

境内に立ち、これまでの出来事を振り返っていると、自然と感謝の気持ちがあふれてきました。

 

僕は昔から、神社参拝で大切にしていることがあります。

 

それは、お願いとお礼は、必ずワンセットにすること。

 

願いが叶ったら、きちんと報告する。

お世話になったら、お礼を伝える。

 

とても当たり前のことですが、僕はこの「当たり前」を大切にしています。

 

お願いするときだけ、一生懸命になっていませんか?

 

神社に行くと、皆さん、それぞれの願いを込めて手を合わせていらっしゃいます。

 

健康、仕事、家族、恋愛、人間関係。

お願いごとがあるのは、自然なことです。

 

僕だって、お願いすることはあります。

 

ただ、お願いするときはあんなに熱心だったのに、無事に叶った途端、そのまま忘れてしまう。

 

それは、少しもったいない気がするんです。

 

神様も、

「あの件、結局どうなりましたん?」

と、気にしていらっしゃるかもしれません(笑)

 

もちろん、これは僕の勝手な想像です。

 

でも、もし人間同士だったら、どうでしょう。

 

「ありがとう」の、その後が嬉しい。

 

例えば、誰かから相談を受けたとします。

 

一緒に悩み、考え、できる限りの力を貸した。

 

それからしばらくして、

「先日はありがとうございました。おかげさまで、うまくいきました!」

そんな連絡が届いたら、嬉しいですよね。

 

僕はカウンセラーとして、これまで3万件以上のご相談に向き合ってきました。

その中で、改めて感じていることがあります。

 

それは、人は、自分のことを覚えていてもらえると嬉しいし、自分の思いが相手に届いていたと知ると、もっと嬉しいということ。

 

相談を受ける仕事だからこそ、その後のご報告をいただけることは、本当にありがたいものです。

もちろん、結果が思わしくなかったとしても構いません。

 

「まだ解決していないけれど、あのとき話を聞いてもらえて助かりました」

 

その一言だけでも、十分嬉しい。

 

人とのご縁は、お願いごとが済んだから終わり、というものではありません。

むしろ、その後の小さなやり取りにこそ、その人の温かさが表れるように思います。


 

願いが叶わなかったときにも、感謝はできる。

僕自身、これまでの人生で、思い通りにならない経験をたくさんしてきました。

 

20歳でクローン病を発症し、8回の手術を受け、4年間、口から食事を摂ることができなかった時期もあります。

 

どれだけ願っても、すぐに状況が変わるわけではありませんでした。

 

そんな経験をしてきたからこそ、僕は「願いが叶うこと」だけが大切だとは思っていません。

 

願いが叶わなかったとしても、そこに至るまでに支えてくれた人がいます。

 

話を聞いてくれた人がいます。

黙って見守ってくれた人もいます。

 

結果が思い通りにならなかったからといって、それまでに受け取った優しさまで消えるわけではありません。

 

だから僕は、願いが叶ったときだけでなく、叶わなかったときにも、感謝できる人でありたいと思っています。

 

ただし、無理に感謝する必要はありません。

 

悲しいときは、悲しくていい。

悔しいときは、悔しくていい。

 

そんな気持ちが少し落ち着いたときに、振り返ってみる。

それくらいで、ちょうどいいのだと思います。


 

感謝は、幸運を呼ぶための道具ではありません。

スピリチュアルの世界では、よく「感謝すると運気が上がる」と言われます。

 

僕は、感謝を何かの見返りを得るための手段にはしたくありません。

 

「ありがとう」と言えば幸せになれる。

そういう単純な話でもないと思っています。

 

ただ、感謝を伝えることで、人との関係が温かくなることはあります。

 

自分がどれほど多くの人に支えられてきたのか、気づくこともあります。

そして、自分が受け取った優しさを、今度は誰かに返したくなる。

 

僕が考える「感謝の循環」とは、そういうものです。

 

特別な能力がなくても、誰にでもできること。

 

だからこそ、大切にしたいのです。


 

「ありがとう」のあとに、「おかげさまで」を。

今日の日枝神社では、新しいお願いごとはせず、ただ感謝を伝えてきました。

 

帰り道、ふと思いました。

 

僕たちは、つい足りないものに目を向けがちです。

 

もっと成功したい。

もっと豊かになりたい。

もっと幸せになりたい。

 

向上心は素敵なことです。

 

でも、ときには立ち止まって、すでに受け取っているものを数えてみるのもいい。

 

今、自分がここにいられること。

誰かが、力を貸してくれたこと。

今日も、こうして一日を過ごせていること。

 

それだけでも、感謝したいことがたくさん見つかります。

 

神様へのお礼参りも、人への感謝も、僕にとっては同じことです。

 

お願いしたときの気持ちを忘れない。

助けてもらったことを当たり前にしない。

 

そして、できれば、その後の報告まで。

「ありがとう」のあとに、「おかげさまで」を添えられる人でありたい。

 

さて。

 

あなたにも、お願いしたまま、報告していない人はいませんか?

 

久しぶりに連絡してみたら、きっと喜んでくださると思います。

 

僕も、忘れている人がいないか、もう一度考えてみます。

 

人のことは言えませんからね(笑)