「好きなことで生きていく」
耳ざわりはいい。
夢がある。
でも、あえて言います。
それ、けっこう危うい。
なぜなら――
そこに“相手”がいないことが多いからです。
仕事は、自分のためにあるのではありません。
仕事は、相手がいて、初めて成立するものです。
「私が好きだからやる」
その動機が悪いとは言いません。
でも、
“好き”を中心に据えた瞬間、
視野は驚くほど狭くなる。

先日、30年教師を続けてこられた方が、こう言いました。
「私は、子どもがきらい。だから続いたの。」
思わず、うなりました。
これ、深いんです。
「好きだから続く」のではない。
「きらいでも、やるべきことをやる」から、プロになる。
好きで始めたことは、
嫌いになった瞬間に終わります。
でも、
好き嫌いを超えたところにある仕事は、揺らがない。
正直に言います。
僕は、カウンセリングが“好き”かと言われると、
そうでもない。
どちらかといえば、
僕は話すほうが好きです。
聴くより、語るほうが楽しい。
でも、なぜか自然に聴けてしまう。
そして、求められる。
だから、やっている。
10年以上、
個人で続き、
クレームも問題もなく、
口コミだけで安定しているのは――
好きだからじゃない。
求められたことを、淡々と、同じ質で、出し続けたから。
それだけです。
「好きで生きる」は、美しい。
でも、それは時に傲慢です。
自分が満たされるかどうかを基準にすると、
相手の喜びは二の次になる。
プロに必要なのは、
情熱よりも、再現性と安定性。
好き嫌いに左右されず、
その日その日でブレずに価値を出せること。
あの先生が言った言葉は、真実です。
「子どもはきらい。でも、だから教師ができるの。」
感情に振り回されない。
だから、冷静に愛せる。
「好き」を追いかけて疲れている人へ。
もしかすると、
あなたが向いているのは
“好きなこと”ではなく
“求められること”かもしれません。
そして、
それを淡々とやれるあなたこそ、
本物のプロです。
好きでなくても、
必要とされるならやる。
それは冷たいことではない。
むしろ、誠実です。
仕事とは、
自分を表現する場である前に、
誰かの役に立つ場なのです。
今日も、淡々と。
それで十分です。