「間違えたくない」
「失敗したくない」
──その時点で、もう詰んでます。
はっきり言いますが、
それは慎重でも賢明でもありません。
ただの停止です。

失敗していないんじゃない。
何もしていないだけ。
だから、
何年経っても同じ場所で 同じ悩みを抱えて、
同じことをグルグル考えている。
それを「考えている」と呼ぶのは、
正直、甘い。
今年も、悶々としている人に 同じことを伝えています。
「ほんの少しでいいから、 今までと違うことをしよう」
理由?
年廻り的に“動け”だからです。
でも、返ってくるのは決まって こういう言葉。
「もう少し考えてから」
「失敗したら怖いので」
「タイミングを見て」
……で?
その“もう少し”は、いつ終わるんですか。
カウンセリングでは強要しません。
傾聴は大事です。
でも、知人や友人には、 遠慮なく言います。
「間違えるのが怖い、という考え方そのものが間違いだ」
そもそも、人生に 正解も失敗もありません。
あるのは、
・損した“気がする”得した“気がする”
・周りと比べて自分に都合がいいか悪いか
ただ、それだけ。
自分で勝手に点数をつけて、
勝手に落ち込んで、
勝手に人生を止めている。
誰にも止められていないのに。
「動かなくてもいいんですよね?」
と聞かれることがあります。
別に、いいですよ。
止まっていても。
でも、
動かずに 変わりたいとか
報われたいとか 楽になりたいとか
それは、
努力じゃなくて妄想です。
僕たちは、生きています。
心臓は、今日も勝手に動いている。
つまり、
本来は“動く存在”なんです。
それを
「間違えたくない」
「失敗したくない」
そんな理由で 人生をストップさせるのは、
自然に逆らっている。
そりゃ、苦しくなります。
無理はしなくていい。
大きく変わらなくてもいい。
でも、
「間違えたくない」
「失敗したくない」
この言葉を言い訳にして 何もしない人生だけは、
本気で、もったいない。
以上。
これが、僕の本音です。
もし、ここまで読んで
「分かっているけど、やっぱり動けない」
そう感じたなら──
それは、あなたが怠けているからではありません。
これまで、ちゃんと傷ついてきたからです。
だから、無理に今すぐ動かなくていい。
責める必要もない。
ただ、
「動けない自分を守るための言い訳」
を 真実だと信じ込まないでほしい。
必要なタイミングは、必ず来ます。
そのとき、
あなたが動ける自分でいられますように。