狂言を観て、
こんなにも笑い、
こんなにも深く頷いたのは、初めてかもしれません。
年末に、思いがけず
「笑いの本質」に出会う時間をいただきました。

2025年12月27日。
神田神社にて開催された
「和泉流宗家による 年忘れ狂言LIVE in EDOCCO」 に出席しました。
正式参拝から始まり、狂言公演、そしてお食事まで。
年の締めくくりに、これ以上ないほど整った流れ。
こういう時間の使い方は、
やはり心と人生に、静かに効いてきます。

今回の狂言は、
赤塚不二夫氏 生誕90周年を記念して制作された新作狂言。
赤塚不二夫ワールドと、日本の伝統芸能・狂言。
一見、異なる世界のようでいて、
実はとても相性がいいのだと、
観ていてすぐにわかりました。
笑いがある。
でも、軽くない。
むしろ、
「なるほど」
「たしかに」
「まさに、その通り」
そんな言葉が、自然と心に浮かぶ。
正直に言うと、
僕の中にも
「狂言は少し難しいもの」
というイメージがありました。
その先入観は、気持ちよく裏切られました。

狂言は、
人間の本質を描く芸能。
だからこそ、
時代が変わっても、
名前が変わっても、
僕たちは笑ってしまう。
赤塚不二夫作品がそうであるように、
人の弱さ、愚かさ、ズレ、可笑しみを
責めるのではなく、愛をもって描く。
笑いとは、
人を軽くするためのものではなく、
「本質を突く」ためのものなのだと、
あらためて教えられました。

年末は、
一年の出来事を振り返り、
自分を整える時間。
そんな時期に、
この狂言を観られたことは、
個人的にも、とても意味深い体験でした。
日本の伝統芸能は、
決して過去のものではなく、
今を生きる僕たちの心に、
ちゃんと響いてくるものなのですね。
来年もまた、
こうした「本物の時間」に
身を置いていきたいと思います。