日本医師会賞を受賞してから、よく聞かれるようになりました。
「どうして難病が治ったのですか?」
答えは一つではありません。
医療、出会い、環境、学び、時間。
いくつもの要素が重なり合った結果です。
けれど、あえて一番大きな理由を挙げるなら――
完治を諦めたからです。

クローン病と向き合っていた頃、僕は「完治」に取り憑かれていました。
数値が悪ければ落ち込み、良ければ歓喜する。
検査結果に人生を支配される毎日。
治すことばかりに意識が向き、
“元気である”という本質を見失っていました。
しかしある時、考え方を変えました。
完治を目標にするのではなく、
元気を目標にする。
病気があってもなくても、
人が目指すべきは「元気に生きること」ではないか。
その瞬間、心がふっと軽くなりました。
囚われが外れたのです。
もう一つ、大きな転機があります。
それは、普通の生き方を諦めたこと。
「諦める」という言葉は、一般にはネガティブに響きます。
しかし仏教では「明らかに見る」という意味を持ちます。
できることと、できないことを、冷静に見極めること。
僕は積極的に諦めました。
体力勝負の仕事はできない。
安定したサラリーマン人生も難しい。
ならばどうするか。
体が弱い分、頭で勝負する。
動けないなら、動かなくていい仕事を選ぶ。
きっかけをくれたのは母でした。
ベッドで本ばかり読んでいた僕に、こう言ったのです。
「どうせなら、翻訳家になればいいじゃない」
英語も本も好きだった僕にとって、それは救いの言葉でした。
できないことを数えるのではなく、
できることを伸ばす視点を持てた瞬間でした。
完治は諦めた。
普通も諦めた。
でも、元気になることだけは諦めなかった。
この一見矛盾した姿勢こそが、
僕を回復へ導いたのだと思います。
「治す」に固執すると、苦しくなる。
「生きる」に軸足を移すと、力が戻る。
病気は敵ではありません。
生き方の再設計を迫るメッセージだったのかもしれません。
今、病と向き合っている方へ。
完治を目指すな、とは言いません。
医療は最大限活用すべきです。
けれど同時に、
元気という感覚を先に取り戻してみてほしい。
できないことより、できること。
失ったものより、今あるもの。
普通を手放したとき、
あなた本来の人生が始まることがあります。
矛盾を抱えたまま、前に進んでいい。
それが、僕が辿り着いた回復のかたちです。