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親を許せないままでも、幸せになっていい。

2026/08/21

「親を許しましょう」

 

カウンセリングやスピリチュアルの世界では、よく聞く言葉です。

 

でも僕は、この言葉を簡単には使いません。

 

許せないものは、許せなくていい。

 

そう思っています。

 

僕の父は、僕が17歳のときに亡くなりました。

 

今の僕は、当時の父よりずっと年上になりました。

 

父が生きていた年齢を越えてみて、初めて分かったことがあります。

 

「ああ、お父さんも不器用だったんだろうな」

「きっと、しんどいこともあったんだろうな」

 

若い頃には見えなかった父の弱さが、少しずつ見えるようになりました。

 

だから今、父に一言だけ伝えられるなら、

「ごめんなさい」

と言うと思います。

 

表面だけを見て反抗していたこと。

父にも父の事情があったことを想像できなかったこと。

 

そこについては、素直に謝りたい。

 

でも。

 

それと、父のすべてを許せるかどうかは別の話です。

 

僕には、今でも許せないことがあります。

 

父は、家族より周囲の人にいい顔をすることがありました。

 

母を悲しませたこともあった。

自分の両親を優先して、妻や子どもを後回しにしているように見えることもありました。

 

子どもの僕には、それがとても嫌でした。

 

そして大人になった今でも、

「あれは嫌だった」

という気持ちは残っています。

 

不思議ですよね。

「ごめんなさい」と思う自分と、

「それでも、あれは許せない」と思う自分。

 

両方います。

 

でも、人間ってそんなものではないでしょうか。

 

カウンセリングをしていると、

 

「親を許せない私はダメでしょうか」

 

と聞かれることがあります。

 

僕は、ダメだとは思いません。

 

虐待された。

否定され続けた。

愛されたかったのに、愛してもらえなかった。

 

ずっと親の顔色を見て生きてきた。

 

そんな人に、

 

「でも、ご両親がいたからあなたは生まれたんですよ。感謝しましょう」

 

なんて、僕には簡単に言えません。

 

そんな綺麗な話で片づけなくていい。

 

許せないものを無理に許そうとすると、

 

「親を許せない自分は未熟なんだ」

「まだ私は成長できていないんだ」

 

と、今度は自分を責め始めることがあります。

 

それでは、苦しみが一つ増えただけです。

 

親を許すことより先に、

 

親を許せない自分を、許してあげる。

 

僕は、それで十分だと思っています。

 

もちろん、何十年か経ったら気持ちが変わるかもしれません。

 

「あの人も大変だったんだな」

 

と思える日が来るかもしれない。

来ないかもしれない。

 

どちらでもいいんです。

 

許すことは、幸せになるための必須条件ではありません。

 

親を許せなくても、

 

笑っていい。

好きな人と幸せになっていい。

 

美味しいものを食べていい。

自分の人生を楽しんでいい。

 

親との問題が完全に解決してから、自分の人生を始める必要なんてありません。

 

僕自身、父への感情は、今でも一色ではありません。

 

好きだったところもある。

申し訳なかったと思うこともある。

 

そして、許せないこともある。

 

それでも僕は、今、幸せです。

 

人生を整えるというのは、

過去を全部きれいにすることではないのだと思います。

 

きれいにならないものも抱えながら、それでも今日の自分を幸せにしてあげること。

 

それもまた、生き直すということなのかもしれません。