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心の処方箋

恋愛、人生、心について

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本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/08/28

このたび、僕の処女作

『あなたにしか起こせない奇跡』が、電子書籍になりました。




僕にとって、とても大切な一冊です。


というのも、この本には、

今の僕につながる「原点」が書かれているからです。


病気のこと。

父の死のこと。

家族のこと。


幼い頃から感じていた、目には見えない世界のこと。


そして、

「人は、絶望の中からでも、もう一度生きていくことができるのか」

そんなことを、若かった僕なりに、必死になって考え、書きました。



29歳の僕が書いた本です

この本を書いたのは、29歳の頃でした。


今の僕から見ると、

若くて、

怖いもの知らずで、

ちょっと傲慢で(笑)、

そして、驚くほど真剣でした。


自分に起きたことには、何か意味がある。


この経験を伝えなければいけない。

誰かの役に立たなければいけない。


そんな思いが、ものすごく強かったのだと思います。


原稿を書き始めると、胸の中に溜まっていたものが一気にあふれるように、数日のうちに形になりました。


当時はまだ、著者としての実績もありません。


それでも、原稿の入ったUSBと紙の原稿を持ち歩き、

「いつか誰かに読んでもらえるかもしれない」と出版社を探していました。


そして、ご縁をいただいたのが、東洋出版株式会社さんでした。



僕の人生が変わった出来事

17歳の夏、父が突然亡くなりました。


家族で海水浴へ行った日のことでした。


泳ぎの得意だった父が、家族の目の前で溺死しました。


それまで医師を目指していた僕は、この出来事をきっかけに、

「生きるとは何だろう」

「人はなぜ生きるのだろう」

と考えるようになりました。


そして20歳の頃。


今度は僕自身が、クローン病という指定難病を発症しました。


何度も手術を受け、

食事をすることさえできなくなり、

鼻からチューブを入れて栄養を摂る生活が続きました。


食べられない。

思うように外へ出られない。


周りの友人たちは就職し、人生を進んでいく。

僕だけが取り残されていく。


一時は、本気で生きることを諦めようとしたこともありました。


けれど、その中で少しずつ、

「今日できることをやってみよう」

と思えるようになりました。


一歩だけ。

そして明日は、もう一歩。


そんな小さなところから、僕の人生は再び動き始めました。



「奇跡」の意味も、変わりました

当時の僕は、「奇跡」という言葉を、今よりずっと特別なものとして考えていました。


難病から回復すること。

不思議な出来事が起こること。

目には見えない世界から何かを受け取ること。


そんなことを「奇跡」だと思っていたのです。


けれど、あれから長い年月が経ちました。


カウンセラーとして3万件以上のご相談を受け、

たくさんの人生と向き合ってきました。


そして今は、少し違うふうに思っています。


奇跡というものは、もっと静かなものなのかもしれない、と。


朝、目が覚めること。

「何か食べたいな」と思えること。

誰かの言葉に、ふっと涙が出ること。


もう一度やってみようかな、と思えること。


「あの時、もう人生は終わった」

と思っていた人が、少しずつ別の形で歩き始めること。


それだって、十分に奇跡です。



「人生を変える」より、「人生を整える」

若い頃の僕は、誰かを「救いたい」と思っていました。


もしかしたら、自分自身がたくさん傷ついていたからこそ、

誰かを救うことで、自分も救われたかったのかもしれません。


今は、少し違います。


僕は、誰かの人生を変えることはできません。

人は、そんなに簡単には変わりません。


でも、

整うことはできます。


呼吸を整える。

暮らしを整える。

心の置き場所を整える。


そうすることで、人は少しずつ、

自分自身の人生へ戻っていくことができます。


今の僕が大切にしている

「整えることで、生き直す。」


という考え方も、振り返ってみれば、

この本の中にその種がたくさんありました。



時を越えて、もう一度

今回、東洋出版株式会社さんを訪問したことをきっかけに、

担当者さんから電子書籍化をご提案いただきました。


まさか、こうして年月を経て、

この本をもう一度世に送り出すことになるとは思っていませんでした。


改めて読み返してみると、

「ずいぶん力が入っているなぁ」

と思うところもあります(笑)。


今なら、違う表現をするところもあります。


けれど、それも含めて、29歳の僕です。


未熟だったことも、

苦しかったことも、

必死だったことも、

どうしても生きたかったことも。


全部、今の僕につながっています。


だから今回は、昔の文章を「今の自分に合わせてきれいに直す」のではなく、

あの頃の僕が精一杯生きて、精一杯書いた証として、もう一度送り出すことにしました。



人生の途中で、立ち止まっている方へ

もし今、

人生が思い通りにいかない方。


病気の中にいる方。

大切な人を失った方。


もう一度やり直したいけれど、どこから始めればいいか分からない方。


そんな方がいらっしゃったら、

焦らずに、この本を開いていただけたらと思います。


何か特別な答えが書かれているわけではありません。

 

ただ、一人の人間が、

何度も転び、

何度も絶望し、


それでも、

「もう一度、生きてみよう」

と思えるところまで歩いてきた記録です。


僕だけが特別だったわけではありません。

僕だけに奇跡が起きるわけでもありません。


あなたの人生にも、

あなたにしか起こせない奇跡があります。


そしてそれは、案外、

今日をもう一日生きてみることから始まるのかもしれません。


『あなたにしか起こせない奇跡』

著者:神社昌弘

Amazon Kindleにてお読みいただけます。

https://amzn.asia/d/02Ixz9vO


東洋出版株式会社の皆さま、

そして今回、電子書籍化をご提案くださったAさんに、

改めて心より感謝申し上げます。


若き日の僕から、今を生きるあなたへ。

そして、今の僕から、あの日の僕へ。

よく生きてきたね。


神社昌弘


2026/08/26

お盆に、亡くなった父から

「もっと自由に生きなさい」

という言葉を受け取りました。

 

その言葉をきっかけに、

僕は、自分がずっと「誰かの声」を自分の声だと思って生きていたことに気づきました。

 

 

お盆の夜、亡くなった父が来ました。

 

……と書くと、

急に話のジャンルが変わった感じがしますが、久しぶりにかなりはっきりした霊的な体験でした。

 

その夜は、まったく眠れませんでした。

 

昔の霊媒としての感覚が、

突然、電源を入れられたように戻ってきて。

 

父から伝わってきた言葉は、

「もっと自由に生きなさい」

でした。

 

僕は正直、

「いや、かなり自由に生きてますけど」

と思いました。

 

京都を離れて東京に暮らし、

自分で仕事をして、

好きなものを食べ、

好きな人たちと会い、

昔に比べればずいぶん自由になったつもりでした。

 

これ以上どうしろと。

 

亡くなってから注文が細かい父です。

 

でも、そのあと自分の中をよく見てみると、少しわかってきました。

 

僕はずっと、

「神社」という名前を背負っていたんです。

 

珍しい苗字だからというだけではありません。

 

家のこと。

先祖のこと。

自分が受け継いできたもの。

 

そういうものを大切にするあまり、

 

「神社家の人間として恥ずかしくないように」

「ちゃんとした人でいなければ」

「人の見本にならなければ」

 

と、知らないうちに自分を縛っていました。

 

父が言う「自由」は、好き勝手に生きろ、

という意味ではなかったのだと思います。

 

その名前を背負うのではなく、

その名前で遊べるくらいになれ。

 

そんな感じでした。

 

そして妙に納得したのが、

父自身が、それをできなかったということです。

 

だから僕には、やってほしいらしい。

 

困ったものです。

 

生きている時に言ってくれれば、もう少し早く気づけたのに。

 

 

僕は今回のことで、改めて思いました。

人は、「誰の声を聞いて生きているか」で、ずいぶん人生が変わります。

 

これは、付き合う友人を選びましょう、という単純な話ではありません。

 

毎日のように、

 

「もっと頑張れ」

「ちゃんとしろ」

「普通はこうするものだ」

 

と言う人のそばにいれば、いつの間にか、その声が自分の声になります。

 

逆に、

 

「それ、本当にあなたがしたいこと?」

 

と聞いてくれる人と一緒にいると、

自分の声を思い出すことがあります。

 

そして少し厄介なのは、

もう目の前にはいない人の声にも、

人は影響され続けるということです。

 

親。

昔の先生。

かつて大切だった人。

世間。

家族。

 

本人はもう何も言っていないのに、

自分の頭の中で、ずっと続きを言わせていることがある。

 

僕もそうでした。

 

だから僕は、

 

「ご先祖様は、立派な子孫になってほしいと思っている」

 

という考えを、少し疑っています。

 

少なくとも、

今回、僕が父から受け取ったものは逆でした。

 

ちゃんとしろ、ではなく、

ちゃんと自分を生きろ。

 

でした。

 

もちろん、こういう話を「本当に霊界から来た言葉なのか」と証明するつもりはありません。

信じるかどうかも自由です。

 

でも僕自身は、あの夜の言葉をきっかけに、

自分がどれだけ「立派でいなければ」に捕まっていたのかに気づきました。

 

それだけでも十分だったと思っています。

 

 

もし、今のあなたが少し苦しいなら、

「私は誰の声と一緒に暮らしているんだろう」

 

と考えてみてもいいかもしれません。

 

お母さんの声かもしれない。

会社の上司かもしれない。

世間かもしれない。

あるいは、昔の自分かもしれません。

 

その声に従い続けた先で、あなたは後悔しないでしょうか。

本当はもう、自分でも気づいていることはないでしょうか。

 

全部を捨てなくても、人生の方向は変えられます。

 

僕も48歳になって、まだ自分の中の「ちゃんとしなきゃ」と格闘しています。


完成する気配は、今のところありません。

たぶん、完成しなくていいのでしょう。

 

生きているうちは、

何度でも自分の人生に戻ればいい。

 

 

「自分の本音」がわからなくなったときに

一人で考えていると、

 

「自分の本音」と

「誰かから受け取った声」が、

 

ごちゃごちゃになることがあります。

 

もし今、

 

「自分がどうしたいのか、もうよくわからない」

「これは自分の本音なのか、誰かの期待なのかわからない」

 

そんなところにいるなら、カウンセリングで一緒に整理することもできます。

 

僕が答えを決めることはしません。

その人自身の中にあるものを、一緒に見つけていく時間です。

 

オンラインカウンセリング

https://kanja.info/webform_15.html

 

対面カウンセリング(池袋駅前)

https://kanja.info/contents_762.html

 

僕もそろそろ、

「神社」という名前を背負うのをやめて、

もう少しこの名前で遊んでみようと思います。

 

父も、その方が面白がるでしょう。


2026/08/24

僕はずっと、「学ぶ」ということを勘違いしていたのかもしれません。

 

学校へ行く。

セミナーを受ける。

先生の話を聞く。

ノートを開いて、カキカキする。

 

そして、

「なるほど」

「ふむふむ」

と理解する。

 

僕にとって「勉強する」とは、そういうものでした。

 

ちゃんとお金を払って、

ちゃんと席に座って、

ちゃんとノートを取る。

 

それが「学ぶこと」だと思っていたのです。

 

ところが先日、その思い込みを見事にひっくり返されました。




先日、アメリカ人の友人に会いました。

僕とは、かなりタイプの違う人です。

 

企業研修で「自信」について教えたり、ウォーキングを指導したりしていて、本人もとても堂々としている。

そんな彼と、お茶を飲みながら話していたときのこと。

 

彼が僕に言いました。

 

「お前は、なんでそんなに控えめにしているんだ?」

「そんなに才能があるのに、なんで隠れてるの?」

「隠れていたら、何も意味ないじゃないか」

 

僕は、

 

「そうだよねぇ」

「うんうん」

 

と聞いていました。

 

なるほど。

ふむふむ。

 

……ほとんど他人事のように(笑)。

 

そして翌日。

 

彼が出演しているドキュメンタリーを観る機会がありました。

 

そこには、これからコンテストに出る人たちにウォーキングを教えながら、その人自身の魅力を引き出し、自信を持たせていく彼の姿がありました。

 

それを観ながら、僕は感動しました。

 

「うわぁ、この人の指導、受けてみたい」

 

すると、隣にいた柏崎さんが、

 

「えっ?」

 

と。

 

「昨日、彼は、神社くんに同じこと言ってたじゃん」

「というか、昨日もう指導してくれてたじゃん」

「もしかして、何も聞いてなかったの?」

 

……。

 

聞いていました。

ちゃんと聞いては、いたんです。

 

でも僕の中では、それが「学び」に分類されていなかったのです(笑)。

 

なぜだろう?

 

考えてみたら、理由はとても単純でした。

 

僕は、

 

お金を払って、

先生の前に座って、

ノートを開いて、

真面目に話を聞く。

 

それが「学習」だと思い込んでいたからです。

 

お茶を飲みながら、

笑いながら、

友人と話している。

 

そんな何気ない時間の中で、目の前の人が自分にとって大切なことを話してくれていても、

 

「はい、ここから授業です」

 

と言われていないから、僕の中では授業が始まっていなかった。

 

なんとも、もったいない話です。

 

そこで思い出したのが、以前、柏崎さんから聞いた「ブックスマート」と「ストリートスマート」という考え方でした。

 

本や学校、体系化された知識から学ぶ力。

そしてもう一つは、

人との関わりや経験、失敗、遊び、現実の中から学んでいく力。

 

振り返ってみると、僕は圧倒的に前者だったのだと思います。

 

本を読む。

先生から教わる。

資格を取る。

講座へ行く。

ノートを取る。

 

ちゃんと学ぶ。

ちゃんと理解する。

ちゃんと身につける。

 

一方、柏崎さんを見ていると、ずいぶん違います。

 

人と話しながら学ぶ。

遊びながら学ぶ。

失敗しながら学ぶ。

旅をしながら学ぶ。

笑いながら学ぶ。

 

普段は、かなりぼーっとしています。

 

そして時々、

 

「理由なんかいらないんだよ」

 

などと、僕にはよくわからないことを言っています(笑)。

 

だから僕は心のどこかで、

 

「この人、本当にちゃんと考えているのかな」

 

と思っていました。

 

ところが、一緒にいる時間が長くなって気づきました。

 

ちゃんと見ている。

ちゃんと聞いている。

 

そして、人との何気ない会話や出来事から、驚くほどいろいろなことを拾っている。

 

なるほど。

こういう「学び方」もあるのか。

 

そして今回、もうひとつ気づいてしまいました。

 

少々、恥ずかしい発見です。

 

僕は「勉強すること」が好きだっただけではなく、

「ちゃんと勉強している自分」が好きだったのかもしれません。

 

ノートを開いて、

カキカキ。

 

先生の話を聞いて、

ふむふむ。

 

「僕は今、ちゃんと学んでおります」

 

みたいな(笑)。

 

なんというナルシストでしょう。

 

我ながら、笑ってしまいました。

 

でも、そんな自分も含めて振り返ってみると、

僕は「ちゃんとすること」に安心していたのだと思います。

 

決められた場所で、

決められた方法で、

正しいとされることを学ぶ。

 

そこには安心があります。

 

けれど、人生で本当に大切だったことの多くは、そんなふうに教えてもらったものではありませんでした。


  • 病気になったこと
  • 思い通りにいかなかったこと
  • 誰かを好きになったこと
  • 人と別れたこと
  • 誰かに助けてもらったこと
  • 自分ではどうにもできなくなったこと
  • 何気なく言われた一言に救われたこと

振り返れば、僕の人生を大きく変えたことの多くは、教科書には載っていませんでした。

 

20歳で病気になったときも、

長い闘病生活の中でも、

人との出会いや別れの中でも、

 

「これは授業ですよ」

 

なんて誰も教えてくれませんでした。

 

それでも僕は、そこでたくさんのことを教わりました。

 

人の弱さも。

優しさも。

思い通りにならない人生との付き合い方も。


そして、自分一人では生きていけないことも。

 

そう考えると、

人生そのものが、ずっと先生だったのかもしれません。

 

なのに僕は、

 

「はい、ここから授業です」

 

と言われないと、ノートを開かなかった(笑)。

 

もったいなかったなぁ、と思います。

 

 

もしかすると今日も、

誰かとの何気ない会話の中に。

 

電車の中に。

食事をしている時間に。

仕事で失敗したことの中に。

笑っている時間に。

 

あるいは、自分が「こんなはずじゃなかった」と思っている出来事の中に。

 

これからの自分に必要な何かが、ひょっこり置かれているのかもしれません。

 

大切なのは、

もっと必死に勉強することではなく、

 

「これは学び」

「これは遊び」

 

と、人生を分けすぎないことなのかもしれません。

 

そしてこれは、カウンセリングをしているときにも感じることがあります。

 

僕が何か特別な「正解」を教えるというより、

 

その人がすでに経験してきたことや、

何気なく口にした言葉、

ずっと心のどこかで感じていた違和感の中に、

 

これからを生きるためのヒントが隠れていることがあります。

 

答えは、案外遠くにあるとは限らない。

 

もっと勉強しなければ。

もっと知識をつけなければ。

もっと立派にならなければ。

 

そう思って探しに行く前に、

すでに自分の人生から教えてもらっていることに、気づいてみる。

 

それもひとつの「学び」なのだと思います。

 

僕もこれからは、もう少し教室の外で学んでみようと思います。

 

ノートを開かずに。

カキカキせずに。

 

たまには、コーヒーでも飲みながら(笑)。

 

人生の先生は、案外、教壇ではなく、隣の席に座っているのかもしれません。


2026/08/21

「親を許しましょう」

 

カウンセリングやスピリチュアルの世界では、よく聞く言葉です。

 

でも僕は、この言葉を簡単には使いません。

 

許せないものは、許せなくていい。

 

そう思っています。

 

僕の父は、僕が17歳のときに亡くなりました。

 

今の僕は、当時の父よりずっと年上になりました。

 

父が生きていた年齢を越えてみて、初めて分かったことがあります。

 

「ああ、お父さんも不器用だったんだろうな」

「きっと、しんどいこともあったんだろうな」

 

若い頃には見えなかった父の弱さが、少しずつ見えるようになりました。

 

だから今、父に一言だけ伝えられるなら、

「ごめんなさい」

と言うと思います。

 

表面だけを見て反抗していたこと。

父にも父の事情があったことを想像できなかったこと。

 

そこについては、素直に謝りたい。

 

でも。

 

それと、父のすべてを許せるかどうかは別の話です。

 

僕には、今でも許せないことがあります。

 

父は、家族より周囲の人にいい顔をすることがありました。

 

母を悲しませたこともあった。

自分の両親を優先して、妻や子どもを後回しにしているように見えることもありました。

 

子どもの僕には、それがとても嫌でした。

 

そして大人になった今でも、

「あれは嫌だった」

という気持ちは残っています。

 

不思議ですよね。

「ごめんなさい」と思う自分と、

「それでも、あれは許せない」と思う自分。

 

両方います。

 

でも、人間ってそんなものではないでしょうか。

 

カウンセリングをしていると、

 

「親を許せない私はダメでしょうか」

 

と聞かれることがあります。

 

僕は、ダメだとは思いません。

 

虐待された。

否定され続けた。

愛されたかったのに、愛してもらえなかった。

 

ずっと親の顔色を見て生きてきた。

 

そんな人に、

 

「でも、ご両親がいたからあなたは生まれたんですよ。感謝しましょう」

 

なんて、僕には簡単に言えません。

 

そんな綺麗な話で片づけなくていい。

 

許せないものを無理に許そうとすると、

 

「親を許せない自分は未熟なんだ」

「まだ私は成長できていないんだ」

 

と、今度は自分を責め始めることがあります。

 

それでは、苦しみが一つ増えただけです。

 

親を許すことより先に、

 

親を許せない自分を、許してあげる。

 

僕は、それで十分だと思っています。

 

もちろん、何十年か経ったら気持ちが変わるかもしれません。

 

「あの人も大変だったんだな」

 

と思える日が来るかもしれない。

来ないかもしれない。

 

どちらでもいいんです。

 

許すことは、幸せになるための必須条件ではありません。

 

親を許せなくても、

 

笑っていい。

好きな人と幸せになっていい。

 

美味しいものを食べていい。

自分の人生を楽しんでいい。

 

親との問題が完全に解決してから、自分の人生を始める必要なんてありません。

 

僕自身、父への感情は、今でも一色ではありません。

 

好きだったところもある。

申し訳なかったと思うこともある。

 

そして、許せないこともある。

 

それでも僕は、今、幸せです。

 

人生を整えるというのは、

過去を全部きれいにすることではないのだと思います。

 

きれいにならないものも抱えながら、それでも今日の自分を幸せにしてあげること。

 

それもまた、生き直すということなのかもしれません。


2026/08/21

「親を許しましょう」

 

カウンセリングやスピリチュアルの世界では、よく聞く言葉です。

 

でも僕は、この言葉を簡単には使いません。

 

許せないものは、許せなくていい。

 

そう思っています。

 

僕の父は、僕が17歳のときに亡くなりました。

 

今の僕は、当時の父よりずっと年上になりました。

 

父が生きていた年齢を越えてみて、初めて分かったことがあります。

 

「ああ、お父さんも不器用だったんだろうな」

「きっと、しんどいこともあったんだろうな」

 

若い頃には見えなかった父の弱さが、少しずつ見えるようになりました。

 

だから今、父に一言だけ伝えられるなら、

「ごめんなさい」

と言うと思います。

 

表面だけを見て反抗していたこと。

父にも父の事情があったことを想像できなかったこと。

 

そこについては、素直に謝りたい。

 

でも。

 

それと、父のすべてを許せるかどうかは別の話です。

 

僕には、今でも許せないことがあります。

 

父は、家族より周囲の人にいい顔をすることがありました。

 

母を悲しませたこともあった。

自分の両親を優先して、妻や子どもを後回しにしているように見えることもありました。

 

子どもの僕には、それがとても嫌でした。

 

そして大人になった今でも、

「あれは嫌だった」

という気持ちは残っています。

 

不思議ですよね。

「ごめんなさい」と思う自分と、

「それでも、あれは許せない」と思う自分。

 

両方います。

 

でも、人間ってそんなものではないでしょうか。

 

カウンセリングをしていると、

 

「親を許せない私はダメでしょうか」

 

と聞かれることがあります。

 

僕は、ダメだとは思いません。

 

虐待された。

否定され続けた。

愛されたかったのに、愛してもらえなかった。

 

ずっと親の顔色を見て生きてきた。

 

そんな人に、

 

「でも、ご両親がいたからあなたは生まれたんですよ。感謝しましょう」

 

なんて、僕には簡単に言えません。

 

そんな綺麗な話で片づけなくていい。

 

許せないものを無理に許そうとすると、

 

「親を許せない自分は未熟なんだ」

「まだ私は成長できていないんだ」

 

と、今度は自分を責め始めることがあります。

 

それでは、苦しみが一つ増えただけです。

 

親を許すことより先に、

 

親を許せない自分を、許してあげる。

 

僕は、それで十分だと思っています。

 

もちろん、何十年か経ったら気持ちが変わるかもしれません。

 

「あの人も大変だったんだな」

 

と思える日が来るかもしれない。

来ないかもしれない。

 

どちらでもいいんです。

 

許すことは、幸せになるための必須条件ではありません。

 

親を許せなくても、

 

笑っていい。

好きな人と幸せになっていい。

 

美味しいものを食べていい。

自分の人生を楽しんでいい。

 

親との問題が完全に解決してから、自分の人生を始める必要なんてありません。

 

僕自身、父への感情は、今でも一色ではありません。

 

好きだったところもある。

申し訳なかったと思うこともある。

 

そして、許せないこともある。

 

それでも僕は、今、幸せです。

 

人生を整えるというのは、

過去を全部きれいにすることではないのだと思います。

 

きれいにならないものも抱えながら、それでも今日の自分を幸せにしてあげること。

 

それもまた、生き直すということなのかもしれません。


2026/08/14

人は、ときどき、

自分ひとりでは答えの出ない場所に立つことがあります。

 

親のこと。

夫婦のこと。

仕事のこと。

病気のこと。

これからの人生のこと。

 

誰かに話すほどではないと思いながら、

心の中では、ずっと引っかかっていることもあります。



僕は20年以上、カウンセラーとして、

3万件を超えるご相談に向き合ってきました。

 

その時間の中で何度も目にしてきたのは、

人生が劇的に変わる瞬間ではありません。

 

ずっと自分を責めていた人が、

少しだけ自分に優しくなれたとき。

 

誰かの期待ではなく、

自分の気持ちを選んでみようと思えたとき。

 

「これでいいのかもしれない」

 

そう思えたときです。

 

そんな、

「人生が少し整う瞬間」を綴っているのが、

「365日の相談室」です。

 

ここでは、その中から、

初めての方にも読んでいただきたいお話をいくつかご紹介します。


 

「母からのLINEが来るだけで、苦しくなるんです。」と言った女性へ

親だから、大切にしなければならない。

親だから、我慢しなければならない。

 

そんなふうに思って、

自分の苦しさを後回しにしてしまう人がいます。

 

でも、誰かを大切にすることと、

自分を犠牲にし続けることは、同じではありません。

 

離れること。

距離を置くこと。

 

それも、ときには

自分と相手の両方を守るための選択になります。

 

あなたの人生は、あなたが守っていい。

 

▶︎ この相談を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/entry-12972872308.html

 

 

「休みたい。でも、休めないんです。」と言った女性へ

仕事も、家事も、子育ても。

 

「私がやらなきゃ」と頑張ってきた人ほど、

休むことに罪悪感を持ってしまうことがあります。

 

人には「無理しないでね」と言えるのに、

自分には、それが言えない。

 

そんなとき僕は、

 

「もし、大切な人が同じことを言っていたら、

あなたは何と言ってあげますか?」

 

と伺うことがあります。

 

自分を整えることは、

わがままではありません。

 

誰かを大切にしたいからこそ、

自分にも休む時間が必要なのだと思います。

 

▶︎ この相談を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/entry-12972876929.html

 

 

 「いま、このまま死んだら後悔する。」そう思って来られた女性へ

病気になって初めて、

「私は、自分の人生を生きていただろうか」

と考えることがあります。

 

僕自身、20歳でクローン病を発症し、

何度も手術を経験しました。

 

だからこそ、

病気をきれいごとにはしたくありません。

 

怖いものは怖い。

つらいものは、つらい。

 

それでも病気をきっかけに、

「いつか」ではなく「今日」を生きてみようと

思えることがあります。

 

誰かのためだけではなく、

少しだけ、自分のためにも生きてみる。

 

人生を整えるというのは、

そんな小さな選択の積み重ねなのかもしれません。

 

▶︎ この相談を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/entry-12973285844.html

 

 

「私は脇役でいいんです。」と言った女性へ

家族を支える。

誰かを応援する。

人に喜んでもらえることをする。

 

それが自然にできる人ほど、

自分自身のことになると、

 

「私はいいんです」

と言ってしまうことがあります。

 

でも、

あなたの人生には、代役がいません。

 

誰かより目立つ必要もありません。

誰かに勝つ必要もありません。

 

ただ、

自分の気持ちを大切にしながら、

自分の人生を、自分の足で歩いていく。

 

それでいいのだと思います。

 

▶︎ この相談を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/entry-12974301994.html

 

 

「正解を教えてください。」と言った女性へ

子育ても、夫婦関係も、仕事も、人間関係も。


「正しい答え」を探し続けていると、

いつの間にか、

 

「私はまだ足りない」

「もっと変わらなきゃ」

 

と、自分を否定することがあります。

 

もちろん、学ぶことは大切です。

 

でも僕は、

人生には一つだけの正解があるとは思っていません。

 

大切なのは、

 

誰かが決めた正解を選ぶことより、

自分が納得できる一歩を選ぶこと。

 

カウンセリングも同じです。

 

僕が答えを決めるのではなく、

その人自身が、自分の人生を選べるようになること。

 

そのために一緒に考える時間でありたいと思っています。

 

▶︎ この相談を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/entry-12974303814.html

 

 

365日の相談室について

「365日の相談室」は、

僕が20年以上、3万件を超えるカウンセリングに携わってきた経験をもとに綴っています。

 

ご相談者様のプライバシーを守るため、

年齢・状況・構成などを変更したり、複数の事例をもとに再構成した内容も含まれています。

 

誰かの人生を正解として紹介したいわけではありません。

 

読んだ方が、

 

「私だけじゃなかったんだ」

「そんな考え方もあるのかもしれない」

「今日は少し、自分に優しくしてみよう」

 

そんなふうに思える時間になれば嬉しく思っています。

 

新しい相談は、アメブロで毎日お届けしています。

 

▶︎「365日の相談室」を読む

https://ameblo.jp/shrine-hiro/

 

 

もう少し、ゆっくり心を整えたい方へ

毎週水曜日の朝、

無料メルマガ 「神社の手紙」をお届けしています。

 

3万件以上のカウンセリングと、

僕自身の闘病や人生経験の中から見つけた、

心と暮らしを整える、小さな知恵。

 

アメブロより、もう少し深く。

 

情報をたくさん詰め込むのではなく、

一週間の途中で、少し立ち止まれるような手紙を書いています。

 

頑張るためではなく、

少し力を抜くために。

 

何かを信じ込むためではなく、

もう一度、自分を信じられるようになるために。

 

読み終えたあと、

「なんだか、少しホッとした」

そう思っていただける手紙でありたいと思っています。

 

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整えることで、生き直す。

人生には、

どうしても自分ひとりでは整理できない時があります。

 

そんなとき、

無理に元気にならなくても大丈夫です。

 

すぐに答えを出さなくてもいい。

 

一つずつ話しながら、

いま何が苦しいのか。

本当はどうしたいのか。

 

一緒に整理していく。

 

僕は、人の人生を変える人ではなく、

その人が自分の人生に戻っていくためのお手伝いをする人でありたいと思っています。

 

今日が、

あなたにとって少し整う一日になりますように。


2026/08/07

先日、とても素敵な出会いがありました。


ビューティ界で長年活躍され、

数多くの女性たちの美しさを引き出してきた、

Steven A. Haynesさん。


ご縁をいただき、お友達になりました。


初めてStevenに会ったとき、僕が最初に思ったのは、

「この人、何者なんだろう?」

でした(笑)。


もちろん、華やかな経歴も実績もある人です。


でも、僕が惹きつけられたのは、そこではありませんでした。


とにかく明るい。

初対面なのに、ずっと前から知っていたような安心感がある。

そして不思議なくらい、人を笑顔にする。


気がつけば僕も、すっかりStevenの魅力に引き込まれていました。


「この人のマインドって、いったいどうなっているんだろう?」


すぐに、Stevenの著書『美人の口ぐせ』を調べて購入し、読みました。




読んでみて、

「あぁ、なるほど!」

と、妙に納得したんです。


人を「きれいにする」だけじゃない


Stevenは、これまで多くの女性たちをサポートし、No.1に輝く美女たちを生み出してきた人です。


でも、実際に本人と接してみると、彼が輝かせているのは、外見だけではないことがわかります。


その人の中にある魅力を見つけて、

「あなたは素敵だよ」

「もっと自信を持っていいよ」

と、内側から光を引き出していく。


だから、彼のそばにいる人は自然と笑顔になるのだと思います。


先日はStevenからお招きいただき、ミス・インターナショナル・クイーン・ジャパンのコンテストを拝見しました。



美しい人がたくさんいる華やかな世界。

でも、僕が印象に残ったのは、単なる「見た目の美しさ」ではありませんでした。


自信を持って前を向く姿。

自分を表現する姿。

そして、その人にしかない個性。


人が輝く瞬間というのは、本当に美しいものだなぁと思いました。


そして、Stevenと接していて、もう一つ気づいたことがあります。


彼は、本当にたくさんの人から愛されています。


なぜだろう?


僕なりに考えてみたら、答えはとてもシンプルでした。


Steven自身が、先に人を愛しているから。


人のいいところを見つける。

惜しみなく褒める。

喜ばせる。

応援する。


「愛されたい」と待っているのではなく、自分から愛を渡しているんですよね。


でも、それができるのはきっと、

自分自身のことも、ちゃんと愛しているから。


なのだと思います。


自分を嫌いながら、人を心から肯定し続けるのは、なかなか難しいものです。


自分を大切にできるから、人も大切にできる。


自分の魅力を認められるから、人の魅力も素直に認められる。


『美人の口ぐせ』には、そんなStevenのポジティブなマインドが、たくさん詰まっていました。


僕はカウンセリングという仕事を通して、これまでたくさんの方のお話を聴いてきました。


その中で感じるのは、人は自信を失うと、「もっと別の自分にならなくちゃ」と思いやすいということ。


でも、本当に必要なのは、

誰かになることではなく、

自分に戻ることなのかもしれません。


自分を責めることを少しやめる。

自分のいいところを一つ認めてみる。

自分の本音を大切にしてみる。


そうやって内側が少しずつ整っていくと、表情も、言葉も、立ち姿まで変わっていきます。


人を輝かせる方法は違っても、Stevenが大切にしていることと、僕がカウンセリングで大切にしていることには、どこか通じるものがあるように感じました。


素敵な人との出会いは、自分の世界を少し広げてくれます。


48歳になって、またこんな素敵なお友達ができたこと。

とても嬉しく思っています。


Steven、素敵な一冊をありがとう。

そして、出会ってくれてありがとう。


人は、自分を大切にできた分だけ、誰かのことも大切にできるのかもしれません。

そんなことを、あらためて感じた出会いでした。



2026/08/05

毎朝7時、アメブロでお届けしている

「365日の相談室」

 

今日で、20日目を迎えました。



この企画を始めたのは、日々のカウンセリングのなかで、

 

「こんなことで悩んでいるのは、自分だけでしょうか」

 

という言葉を、何度も耳にしてきたからです。

 

  • 人にはなかなか話せないこと
  • 相談するほどではないと思って、飲み込んでいること
  • 誰かに聞いてほしいけれど、うまく言葉にできないこと

 

そんな心の声に、毎日ひとつずつ向き合っています。

 

20日間書き続けて感じたのは、悩みの内容は違っても、その奥には、

 

「わかってほしい」

「もう少し安心したい」

「このままの自分でも大丈夫だと思いたい」

 

という、共通した願いがあるということでした。

 

読んでくださった方からも、


「少し気持ちが軽くなりました」

「自分だけではないと思えました」

「今の私に必要な言葉でした」

 

という感想をいただいています。

 

正しい答えを伝えることよりも、

 

  • 読んだあとに、少し呼吸がしやすくなること
  • 自分を責める手を、ほんの少し緩められること

 

「365日の相談室」が、そんな場所になればと思っています。

 

まだ20日。

そして、もう20日。

 

これからも毎朝、一つひとつの悩みに、丁寧に言葉を届けていきます。

 

今日のあなたに必要な言葉が、見つかりますように。

 

「365日の相談室」は、こちらからお読みいただけます。

 

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