正しいことを、ちゃんとやってきた。
それなのに、なぜか楽になれない。
そんな人を、僕は何人も見てきました。

僕のカウンセリングは、
たぶん普通じゃないと思う。
もちろん、話は聴く。
徹底的に、丁寧に、最後まで聴く。
でも同時に、ズバッと言う。
ときには、コーチのようになる。
ときには、占い師のような顔をする。
必要とあらば、
霊媒のような立ち位置になることもある。
一貫性がないように見えるかもしれない。
でも、理由はとてもシンプルだ。
とにかく、
目の前の人に楽になってほしい!!!
ただ、それだけ。
正直に言えば、
僕は「手段」には、こだわっていない。
心理学でもいい。
スピリチュアルでもいい。
現実的なアドバイスでも、厳しい言葉でもいい。
その人が、 今より少し息がしやすくなるなら。
肩の力が、ほんの少し抜けるなら。
それでいいと思っている。
極端なことを言えば、
僕じゃなくてもいい。
僕のところを通過点にして、
別の誰かや、
別の場所で楽になるなら、
それが一番いい。
そう本気で思っている。
なぜなら、
僕自身がそうだったからだ。
難病になったとき、
「正しい治療」
「正当なやり方」
「常識的な選択」
それらをきちんと守っても、
僕の体は、まったく良くならなかった。
もう、
そんなことを言っていられる状態じゃなかった。
僕はただ、 生きたかった。
元気になりたかった。
だから、
手段なんてどうでもよかった。
回復するなら、
治るなら、何でもよかった。
おそらく、
本当にしんどい人も同じだと思う。
理屈よりも先に、
理想よりも先に、
とにかく、この状態から抜け出したい。
そんなときに、
「正しいやり方」にこだわる必要はない。
その人にとって、
今いちばん効くこと。
今いちばん届くこと。
それをやらせてもらうのが、
一番誠実だと、
僕は思っている。
だから、
昨日のカウンセリングでは、
あえて厳しく叱った。
喝を入れた。
はっきり言った。
目を覚ましてもらうために。
優しさだけでは、
その人が前に進めないと感じたからだ。
僕は怒ることもある。
でもそれは、
支配したいからじゃない。
コントロールしたいからでもない。
生きてほしいから。
楽になってほしいから。
もうこれ以上、
自分を傷つけなくていいと、 心から思うから。
スピリチュアルを、
信じても、信じなくてもいい。
占いを、
好きでも、嫌いでもいい。
ただ、 楽になればいい。
それだけで、
僕は十分だと思っている。
「正しさ」よりも、
「回復」を優先していい。
それを思い出したくなったら、
またここに戻ってきてください。