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心の処方箋

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本気で人生を整えたい方は、どうぞ、相談室へ。

2026/02/21

日本医師会賞を受賞してから、よく聞かれるようになりました。

「どうして難病が治ったのですか?」

 

答えは一つではありません。

 

医療、出会い、環境、学び、時間。

いくつもの要素が重なり合った結果です。

 

けれど、あえて一番大きな理由を挙げるなら――

完治を諦めたからです。



 

クローン病と向き合っていた頃、僕は「完治」に取り憑かれていました。

 

数値が悪ければ落ち込み、良ければ歓喜する。

検査結果に人生を支配される毎日。

 

治すことばかりに意識が向き、

“元気である”という本質を見失っていました。

 

しかしある時、考え方を変えました。

 

完治を目標にするのではなく、
元気を目標にする。

 

病気があってもなくても、

人が目指すべきは「元気に生きること」ではないか。

 

その瞬間、心がふっと軽くなりました。

囚われが外れたのです。

 

もう一つ、大きな転機があります。

 

それは、普通の生き方を諦めたこと。

 

「諦める」という言葉は、一般にはネガティブに響きます。

しかし仏教では「明らかに見る」という意味を持ちます。

 

できることと、できないことを、冷静に見極めること。

 

僕は積極的に諦めました。

 

体力勝負の仕事はできない。

安定したサラリーマン人生も難しい。

 

ならばどうするか。

 

体が弱い分、頭で勝負する。

動けないなら、動かなくていい仕事を選ぶ。

 

きっかけをくれたのは母でした。

 

ベッドで本ばかり読んでいた僕に、こう言ったのです。

「どうせなら、翻訳家になればいいじゃない」

 

英語も本も好きだった僕にとって、それは救いの言葉でした。

 

できないことを数えるのではなく、

できることを伸ばす視点を持てた瞬間でした。

 

完治は諦めた。

普通も諦めた。

でも、元気になることだけは諦めなかった。

 

この一見矛盾した姿勢こそが、

僕を回復へ導いたのだと思います。

 

「治す」に固執すると、苦しくなる。
「生きる」に軸足を移すと、力が戻る。

病気は敵ではありません。

生き方の再設計を迫るメッセージだったのかもしれません。

 

今、病と向き合っている方へ。

 

完治を目指すな、とは言いません。

医療は最大限活用すべきです。

 

けれど同時に、

元気という感覚を先に取り戻してみてほしい。

 

できないことより、できること。

失ったものより、今あるもの。


普通を手放したとき、

あなた本来の人生が始まることがあります。

 

矛盾を抱えたまま、前に進んでいい。

 

それが、僕が辿り着いた回復のかたちです。

2026/02/20

17歳で父を亡くし、

20歳で指定難病(クローン病)を発症。

 

8度の手術。

4年間の絶食。

 

当時の僕に、いちばん必要だったものは何か。

それは、

最先端の医療でも、

名医の肩書きでも、

自己啓発でも、

カウンセリングでもありませんでした。



 

「クローン病を治して、元気に生きている人に出会うこと」


たった、それだけでした。


 

希望は、理論ではなく「実在」から生まれる

人は、データでは動きません。

統計でも、論文でもありません。

 

「この人は、治った」

 

その“実在”だけが、

絶望の底にいる人間を立ち上がらせます。

 

当時の僕は、世界中を探しました。

まだ情報も乏しい時代に、ネットを使い、英語の記事を読み漁り、海外の医師や患者の体験談を追いかけました。

 

必死でした。

 

英語ができるようになったのも、

留学を決意したのも、

すべては「治った人を見つけたい」という一心からでした。


 

出会ったのは「治る」と断言する医師だった

探し続けた先で、

あるオーストラリア人医師に出会いました。

 

彼はこう言いました。

 

「君が治して、みんなの希望になればいい」

 

その言葉は、衝撃でした。

 

当時、多くの医師は「一生付き合う病気」と説明しました。

それは医学的には誠実な説明です。

 

でも、僕の魂が求めていたのは、

“管理”ではなく、“回復”でした。

 

彼は、治ると本気で言い切った。

そして、BODY・mind・spiritの三方向から整える方法を示してくれた。

 

身体だけでなく、

思考だけでもなく、

目に見えない流れまで含めて、全体を整える。

 

僕はそれを、愚直にやりました。

 

だから、治った。


 

僕が学んだ、たったひとつの真実

世の中にたった一人でも

「治った人」がいる。

 

それだけで、

希望は現実になる。

 

難病だった僕が本当に必要としていたのは、

治療法よりも先に、

 

“未来の自分の姿を見せてくれる存在”

 

でした。

 

だから、今の僕がいる

 

今、僕がカウンセリングで大切にしていることがあります。

 

mind(思考)

body(身体反応)

spirit(言語化できない流れ)

 

この三方向から整えるのは、

あの時の僕が救われたからです。

 

人は、

「正しいこと」を言われても変わりません。

 

でも、

「可能性の実在」を見た瞬間、変わる。

 

もし今、

出口の見えない場所にいる人がいるなら。

 

僕は静かに言います。

 

大丈夫。

あなたの未来は、もう存在している。

 

かつての僕が、

それを証明しています。

2026/02/19

「好きなことで生きていく」

 

耳ざわりはいい。

夢がある。

 

でも、あえて言います。

 

それ、けっこう危うい。

 

なぜなら――

そこに“相手”がいないことが多いからです。

 

仕事は、自分のためにあるのではありません。
仕事は、相手がいて、初めて成立するものです。

「私が好きだからやる」

その動機が悪いとは言いません。

 

でも、

“好き”を中心に据えた瞬間、

視野は驚くほど狭くなる。



 

先日、30年教師を続けてこられた方が、こう言いました。

 

「私は、子どもがきらい。だから続いたの。」

 

思わず、うなりました。

 

これ、深いんです。

 

「好きだから続く」のではない。

「きらいでも、やるべきことをやる」から、プロになる。

 

好きで始めたことは、

嫌いになった瞬間に終わります。

 

でも、

好き嫌いを超えたところにある仕事は、揺らがない。

 

正直に言います。

 

僕は、カウンセリングが“好き”かと言われると、

そうでもない。

 

どちらかといえば、

僕は話すほうが好きです。

 

聴くより、語るほうが楽しい。

 

でも、なぜか自然に聴けてしまう。

そして、求められる。

 

だから、やっている。

 

10年以上、

個人で続き、

クレームも問題もなく、

口コミだけで安定しているのは――

 

好きだからじゃない。

 

求められたことを、淡々と、同じ質で、出し続けたから。

 

それだけです。

 

「好きで生きる」は、美しい。

 

でも、それは時に傲慢です。

 

自分が満たされるかどうかを基準にすると、

相手の喜びは二の次になる。

 

プロに必要なのは、

情熱よりも、再現性と安定性。

 

好き嫌いに左右されず、

その日その日でブレずに価値を出せること。

 

あの先生が言った言葉は、真実です。

 

「子どもはきらい。でも、だから教師ができるの。」

 

感情に振り回されない。

だから、冷静に愛せる。

 

「好き」を追いかけて疲れている人へ。

 

もしかすると、

あなたが向いているのは

“好きなこと”ではなく

“求められること”かもしれません。

 

そして、

それを淡々とやれるあなたこそ、

本物のプロです。

 

好きでなくても、

必要とされるならやる。

 

それは冷たいことではない。

むしろ、誠実です。

 

仕事とは、

自分を表現する場である前に、

誰かの役に立つ場なのです。

 

今日も、淡々と。

それで十分です。


2026/02/18

「どっちがいいですか?」

僕は、よく聞かれます。

 

そのたびに、こう返します。

「どちらが笑顔になりますか?」

 

 

二つで迷うとき。

実は、どっちも正解です。

 

なぜなら――

両方とも、同じくらい魅力があるから迷う。

 

もし一方が明らかにダメなら、

そもそも迷わない。

 

つまり、

どちらを選んでも、人生はちゃんと進む。

 

だったら、

笑顔になる方を選べばいい。

 

  • 楽しい方
  • ワクワクする方
  • テンションが上がる方

 

それが、あなたの正解です。

 

それでも決められないなら?

 

そのときの正解は、こうです。

 

「今は、迷いたい時なんだ」と認めること。


決断しない、

という選択も立派な決断。

 

人は、無理に正解を探し始めると、間違う。

 

なぜか。

自分の本心や直感を無視し始めるからです。

 

「正しいほうはどっちか」

「損しないのはどっちか」

「後悔しないのはどっちか」

 

そうやって頭だけで選ぶと、

自分じゃない人生になる。

 

気づいたら、

“誰かの期待に応えるための選択”ばかりになる。

 

それは、

静かな迷子です。

 

多くの相談は、

実はもう決まっています。

 

背中を押してほしいだけ。

 

なら、こう言えばいい。

 

「私はこっちを選びたい。
 それがさらに輝くためのアドバイスがほしい。」

そのほうが、100倍健全。

 

そして大事なこと。

 

迷うときは、

まだ判断材料が足りないことも多い。

 

頭の中だけで決めるのは危険です。

 

実際に見て。

触って。

会って。

体感して。

 

五感を使わずに人生を決めるなんて、

もったいない。

 

もし誰かに相談するなら。

 

占い師よりも、

あなたの幸せを本気で考えてくれる人。

 

損得ではなく、

あなたの笑顔を優先する人。

 

そこを間違えると、

また不安ビジネスに巻き込まれる。

 

迷いは、弱さじゃない。

 

  • 選択肢がある証拠
  • 可能性がある証拠
  • 人生が豊かな証拠

 

だから最後に、これだけ。

 

 

正解を探すな。

笑顔を探そう。

 

 

あなたは、間違えるために生きているんじゃない。

輝くために、生きている。

2026/02/17

先日、たまたま無料のピアノコンサートに足を運びました。

 

3時間。

リスト、ショパン、ブラームス、バッハ――

誰もが知る名曲が、次々と演奏される。

 

それはそれで、すごかった。

 

技術もある。

難曲も完璧に弾き切る。

 

 

でも。

 

正直に言うと、

一番心に残ったのは、ジブリの曲でした。

 

その演奏者だけが、

有名なクラシック作曲家ではなく、

ジブリを選んでいた。

 

ジャンルが違ったから印象に残った?

 

いや、違う。

 

楽しかったから。


そして何より――

僕たちを楽しませようとしてくれていたから。

 

どうしても、素人が弾くと「発表」になりやすい。

 

  • 上手く弾きたい
  • 間違えたくない
  • 難しい曲を披露したい

 

それは悪いことじゃない。

努力の結晶です。

 

でも、

それが「自慢」や「自己満足」に傾いた瞬間、

音楽は観客から離れていく。

 

うまいのに、残らない。

 

日本は特に、

音楽を“競うもの”にしがちです。

 

超絶技巧。

速さ。

難度。

 

もちろん技術は尊い。

 

でも、

音を楽しむ、と書いて「音楽」。

 

いつから、「勝つためのもの」になったのでしょう。

 

もったいなさすぎる。

 

ジブリを弾いた彼は、

右手に鍵盤ハーモニカ、

左手の伴奏をピアノ、

楽しくリズムを揺らしていました。

 

そこにあったのは、

技術の披露ではなく、

「一緒に楽しみましょう」という姿勢。

 

だから、心に残った!

 

無料で聴かせてもらって、

こんなことを思うのも失礼かもしれません。

 

でも同時に、

僕にとっては大切な学びでした。

 

僕も、気をつけよう。

カウンセリングも、講座も、発信も。

 

「すごい」と言われることを目指すのか。
「楽しかった」と言われることを目指すのか。

どちらが、人の心に残るか。

 

答えは、もうわかっています。

 

上手さより、思いやり。

技術より、楽しませようとする姿勢。

 

音楽も、

仕事も、

人間関係も。

 

すべて、同じだと思いました。

 

あなたは今、

“うまくやろう”としていませんか?

 

それとも、

“楽しませよう”としていますか?

 

どちらが、人の心に残るでしょう。

 

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