東京の事務所の壁に、
世界地図を貼ってみました。

それだけなのに、
なんだか一気に、
空間が広がった気がします。
この地図は、
一枚ずつ各国を貼っていくタイプ。
思っていた以上に難しくて、
「え?この国ってここ?」
「こんな位置だったんだ」
と、貼りながら、
何度も驚いていました(笑)
しかも、
この地図はイギリス産。
つまり、
イギリス中心の世界地図です。
僕が昔、
イギリスで教師をしていた頃も、
最初に驚いたのが、
世界地図でした。
日本で育つと、
日本が真ん中にある世界地図を見て育ちます。
だから、
無意識に、
「日本中心」で世界を見ている。
でも、
イギリスでは違いました。
ヨーロッパが中心‼️
最初は、
かなり違和感がありました。
でも、
今思うと、
あの感覚はとても大切だった気がします。
人はみんな、
自分の立っている場所から、
世界を見ています。
これは、
人生でも同じです。
それを、
「当たり前」だと思いやすい。
でも、
場所が変わると、
見え方も変わる。
環境が変わると、
悩みの意味まで変わることがあります。
だからこそ、
行き詰まった時ほど、
違う景色を見ることは大切なのだと思います。
別に、
海外に行かなくてもいい。
人の世界は広がっていきます。
僕自身、
京都を出るつもりはありませんでした。
でも、
東京に来て、
本当に世界が広がりました。
出会う人も、
仕事も、
考え方も、
大きく変わった。
もちろん、
怖さもありました。
不安もありました。
でも、
動かなければ、
見えなかった景色があります。
人生は、
「知っている世界」だけで生きていると、
少しずつ小さくなってしまう。
でも、
ほんの少し勇気を出して、
外へ目を向けると、
人生は何歳からでも広がっていく。
世界は、
思っているより広い。
そして、
人生も、
まだまだ広げられるのだと思います。
街を歩いていると、
あちこちで薔薇が咲き始めています。

赤、白、ピンク、黄色。
色も、形も、香りも、本当にさまざま。

それぞれ個性があるのに、
どの薔薇も凛としていて、
「花の女王」
と呼ばれる理由がわかる気がします。

僕は昔から、
花を眺める時間が好きです。
特に薔薇には、
どこか特別な存在感があります。

華やかなのに、どこか静か。
強さと繊細さを、同時に持っている。
だからこそ、
多くの人が惹かれるのかもしれません。

実際、薔薇の前では、
みんな立ち止まります。
🌹「綺麗ねぇ」と話す人
🌹スマホで写真を撮る人
🌹ただ静かに見惚れている人
忙しそうに歩いていた人まで、
ふっと表情が柔らかくなる。
花には、人の心を緩める力があるのだと思います。

薔薇は育てるのが難しいそうです。
手入れも大変で、病気や虫にも弱い。
それでも、こんなにも美しく咲かせてくださっている地域の皆さまには、本当に感謝です。
誰かが丁寧に手をかけてくれているから、
僕たちは、こうして季節を感じられる。
そう思うと、
当たり前の日常も、
少し違って見えてきます。

最近は、情報も多く、
頭も心も疲れやすい時代です。
だからこそ、
ときには立ち止まって、
空を見る。
花を見る。
季節を感じる。
そんな時間が、
心を整えることにつながるのかもしれません。

僕自身も、薔薇を見ながら、
少し呼吸が深くなりました。
季節は、ちゃんと巡っています。
焦らなくても、大丈夫。
花は、咲くべき時に、
ちゃんと咲くのだから。

東京に来て、
丸4年が経ちました。
そして、
今日から5年目です。
正直、
こんな未来は想像していませんでした。
僕は、
ずっと京都にいると思っていたからです。
京都で生まれ、
京都で育ち、
そのまま京都で生きていく。
そんな人生を、
自然とイメージしていました。
でも、
人生は、
本当に不思議です。
流れに導かれるように、
東京に拠点を持つことになり、
気づけば、
世界が一気に広がっていました。
海外へ行った時も感じましたが、
やはり、
「井の中の蛙、大海を知らず」
という言葉は、
本当なんだと思います。
動くことで、
見える景色が変わる。
出会う人が変わる。
価値観が変わる。
人生の流れそのものが、
変わっていく。
もちろん、
置かれた場所で咲くことも、
素敵なことです。
今いる場所で、
丁寧に生きることは、
とても大切。
でも僕は、
そこだけでは、
どこか物足りなかったんだと思います。
もっと世界を見たい。
もっと人に出会いたい。
もっと、
人生の可能性を知りたい!
そんな想いが、
ずっと心の奥にあったのでしょう。
そして、
父の死。
自分自身の難病。
病院で、
たくさんの命を見送ってきた経験。
そういう体験をしてきたからこそ、
強く思います。
人生は、
「いつか」
と思っていると、
本当にあっという間です。
だからこそ、
自分を後回しにしないこと。
自分の人生を、
ちゃんと生きること。
自分で自分を幸せにしていくこと。
それが結果として、
まわりの人を豊かにしていくのだと思います。
年齢を重ねると、
どうしても、
「もう遅い」
と思ってしまう人がいます。
でも、
人生は、
何歳からでも広がります。
40代でも。
50代でも。
60代でも。
環境を変えることも、
挑戦することも、
新しい景色を見ることも、
遅すぎることはありません。
今日から、
東京5年目。
また、
どんな出会いがあり、
どんな景色が見えるのか。
少し、
わくわくしています。
あなたの人生も、
まだまだこれからです。
昔から、
陰陽道や神道では、
「強すぎる念」
は、扱いを間違えると危険だと考えられてきました。
ただ、
ここで誤解してほしくないのは、
“念が強い人=怖い人”ではない、
ということです。
むしろ実際は、
・真面目な人
・優しい人
・我慢してきた人
そういう人ほど、
知らないうちに、
重たい気を溜め込みやすい。
これは、
カウンセリングの現場でも、
本当によく感じます。
・人に迷惑をかけないようにする
・ちゃんとしていようとする
・空気を壊さないように頑張る
・本音を飲み込む
・怒りを抑える
・悲しみを隠す
そうやって、
長い時間、
自分を押さえ込み続ける。
すると、
気の流れが止まってしまう。
本来、
感情というものは、
流れていくことで、
整っていくものです。
でも、
我慢し続けると、
出口を失う。
そして、
行き場を失った感情は、
少しずつ“淀み”になっていく。
仏教でも、
「執着は苦しみを生む」
と言われています。
つまり、
抱え込みすぎると、
心が重たくなる。
最初は、
ただの疲れだったものが、
いつの間にか、
「なんでわかってくれないの?」
「私はこんなに頑張っているのに」
「あの人ばっかり楽しそう」
そんな苦しさへ変わっていくことがある。
でも、
本人には、
なかなか自覚がありません。
なぜなら、
真面目な人ほど、
「自分はちゃんとしている」
という感覚が強いからです。
もちろん、
努力することは悪いことではありません。
耐えることも、
頑張ることも、
時には必要です。
ただ、
“止まり続ける”
のは危険です。
昔から、
神道でも、
仏教でも、
「祓う」
「流す」
「風を通す」
ということを、
とても大切にしてきました。
それは、
怠けではありません。
“浄化”です。
実際、
うまく流れている人ほど、
どこか軽やかです。
・深刻になりすぎない
・抱え込みすぎない
・頑張りすぎない
気が循環しているからです。
逆に、
優しい人ほど、
自分を後回しにしすぎてしまう。
すると、
僕は、
これを何度も見てきました。
だからこそ、
思います。
本当に波動が高い人というのは、
「正しい人」
ではなく、
“軽やかな人”
なのだと。
頑張りすぎている人ほど、
少し休んでください。
ちゃんと、
笑ってください。
風を通してください。
人にも、
自分にも。
人は、
大切な人が苦しんでいると、
冷静ではいられなくなります。
その気持ちは、
愛でもあり、
優しさでもあります。
だから、
調べる。
動く。
支える。
アドバイスする。
先回りする。
でも、
カウンセリングを20年以上やってきて、
僕が何度も感じてきたことがあります。
それは、
“優しい人ほど、人の問題を、自分の問題にしてしまう”
ということです。
もちろん、
支えることが悪いわけではありません。
ただ、
忘れてはいけないことがあります。
問題は、その人の問題だということ。
どれだけ周りが頑張っても、
本人が変わらなければ、
また同じ現実が繰り返されることがあります。
人生には、
「本人にしか越えられない課題」
がある。
僕は、
そう感じています。
例えば、
病気もそうです。
不満を言うだけでは、
身体は変わらない。
休む。
身体の声を聞く。
無理をやめる。
それでも変わらないなら、
病院を変える。
世界を見る。
治した人を探す。
僕自身、
クローン病を乗り越えるまで、
そうやって動いてきました。
介護もそう。
本当に苦しい時は、
一人で抱えなくていい。
制度も、
周りも、
専門家も、
頼っていい。
そして、時には、
少し距離を取ることも必要です。
「この人には力がある」
そう信じること。
不安で見守るより、
信頼のエネルギーで関わること。
その方が、
相手を強くすることもあります。
ちなみに、
僕が闘病していた頃。
母は、
僕に何も言いませんでした。
でも後から、
毎朝神社へ祈りに行き、
千羽鶴を折り、
般若心経を書いて奉納していたことを知りました。
ただ、
母は一度も、
「あなたのためにやっている」
とは言わなかった。
もし、
そう言われていたら、
僕はきっと、
苦しかったと思います。
母を苦しめている自分を責めて、
もっと追い込まれていたかもしれない。
だから、
あれが、
本物の愛だったんだと思う。
愛は、
支配ではない。
不安でもない。
「信じて見守る強さ」
なのだと思います。
▼今回のnote記事はこちら
https://note.com/shrine0731/n/n179438b1a251
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