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聞けなかった言葉を、追いかけなくてもいい。

2026/06/04

大切な人を亡くしたあと、

僕たちの心に残るのは、

 

言われた言葉よりも、

聞けなかった言葉かもしれません。

 

「本当はどう思っていたのだろう」

「私のことを愛してくれていたのだろうか」

「最後に何を伝えたかったのだろう」

 

そんな問いを抱えながら生きている方は少なくありません。



 

僕自身、20代の頃にイギリスで亡くなった人との対話について学びました。

 

いわゆる霊媒と呼ばれる世界です。

 

その経験から今でも時々、

 

「亡き父の声が聞きたい」

「母は何を思っていますか」

 

というご相談をいただきます。

 

ただ、長年その世界に触れてきて感じることがあります。

 

それは、

 

亡くなったからといって、

人は急に別人になるわけではないということです。

 

生前、無口だった人は、

やはり無口なことが多い。

 

感情表現が苦手だった人は、

やはり多くを語りません。

 

だからこそ時々、

 

「あぁ、やっぱり父らしいですね」

 

と依頼者の方が笑うことがあります。

 

その瞬間、

僕は少し安心します。

 

そこには確かに、

その人らしさが残っているからです。

 

僕たちは、

亡くなった人から特別な言葉を求めたくなります。

 

「ありがとう」

「愛していた」

「誇りだった」

 

そんな言葉が聞けたら、

救われる気がすることもあります。

 

けれど本当に大切なのは、

言葉そのものではないのかもしれません。

 

生きていた時の癖。

 

不器用さ。

距離感。

沈黙。

 

そして、

言葉にできなかった優しさ。

 

そうしたものの中に、

その人らしさは今も残っています。

 

夫婦でも、

親子でも、

 

最後まで分かり合えないことがあります。

 

聞けないまま終わることもあります。

 

でもそれは、

愛がなかったという意味ではありません。

 

むしろ、

言葉にならなかったからこそ残るものもあります。

 

もし今、

亡くなった誰かを思い出しているなら。

 

無理に答えを探さなくても大丈夫です。

聞けなかった言葉を追い続けなくても大丈夫です。

 

あの人が生きていた痕跡。

あの人らしかった不器用さ。

 

そして、

共に過ごした時間。

 

その中に、

もう十分な愛情があったのかもしれません。

 

人は亡くなったから全部を語るわけではありません。

 

けれど、

語らなかった沈黙の中にも、

確かに愛は残っています。

 

僕はそう思っています。