僕は買い物で、たまに失敗します。
店員さんに勧められるまま買って、
結局ほとんど着ていない服が、
クローゼットに残っています。
それを見るたびに、僕は、胸がざわつきます。
そんな経験、ありませんか?

「もったいない」という気持ちも、
「高かったから」という言い訳も、
実はこれ、 服の問題というより、
自分の“間違い”との付き合い方なんだと思います。
調子に乗って買ってしまった自分。
判断を誤った自分。
その自分を、どこかで認めたくなくて、
服を捨てられず、手放せず、
クローゼットの奥にそっと残している。
着ないとわかっているのに、
「なんとか着よう」とする。
古着屋に持っていって、
「無駄じゃなかったこと」にしようとする。
でも、
どこか、
しっくりこない。
それはたぶん、
服が悪いんじゃなくて、
自分を責め続けている心が、
まだそこにあるから。
他人には言えるんです。
「間違ってもいいよ」
「失敗しても大丈夫だよ」って。
でも、
自分には言えない。
それどころか、
「なんであんな判断したんだ」
「やっぱり自分はダメだ」
そんなふうに、静かに責めてしまう。

ここで、少し視点をずらしてみますね。
調子に乗る自分も、
失敗する自分も、
実はすごく人間らしい。
それを「傲慢」と呼ぶか、
「不器用」と呼ぶかで、
自分へのまなざしは、まったく変わります。
間違いを認めるって、
自分を否定することじゃありません。
「そういうときもあるよね」と、
事実を受け取るだけのこと。
クローゼットに残っている服は、
あなたの失敗の証拠じゃなくて、
一生懸命生きてきた痕跡かもしれません。


17歳で父を亡くし、20歳で指定難病・クローン病を発症。
8度の手術、4年間の絶食を経験しました。
「なぜ生きるのか」
それは、長い間、私の中にあった問いです。
病を越えたのは、奇跡ではありません。
心の在り方を、少しずつ整えていった結果でした。
27歳で渡英。
イギリスで、“目に見えないもの”と“現実”両方を大切にする考え方に触れ、人の心や感覚について学びました。
帰国後は、大学・官公庁などでキャリアカウンセラーとして活動。
独立後は10年以上、30,000件以上の相談を担当しています。
私のカウンセリングは、ただ慰めるためのものではありません。
その全部を、丁寧に見ながら、人生を整えていきます。
それでも、
「やっと安心できた」
と言われます。
人生は、何歳からでも、立て直せます。
静かに。
確実に。
https://kanja.info/contents_507.html
主な実績
第9回 生命を見つめるフォト&エッセー 日本医師会賞 受賞
(エッセイ「完治と閉院の日に」)神社昌弘「心の教育」研究所
30,000人の声に耳を傾けてきた、心の整え役。
あなたの“言葉にならない気持ち”を、そっと見える形に。
京都駅前・東京池袋駅前
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