家からたった1時間。僕は、自分の「疲れた」に気づいた。
2026/10/20誰かのために頑張る毎日。知らない街の木漏れ日が、忘れていた大切なことを思い出させてくれました。
自宅から、たった1時間。
こんなにも景色が変わるなんて。
そして、こんなにも気持ちが変わるなんて。
今日は久しぶりに、心と体を休めるため、まったく知らない街へやってきました。
平日の昼間。
人もまばらで、静か。
緑がいっぱいで、木漏れ日がきれいで、風が気持ちいい。
ただ、それだけ。
なのに、なんだか泣きたくなるくらい、幸せでした。
テレワークという名の、ひきこもり生活。
僕は普段、都会のど真ん中で暮らしています。
しかも、仕事はカウンセリング。
オンラインでの仕事も多いので、自宅にいながら、ほとんどのことができてしまいます。
便利な時代になりました。
でも、気づけば朝から晩まで家の中。
いわば、テレワークという名の「ひきこもり」です(笑)
外に出なくても仕事ができる。
人と会わなくても仕事ができる。
ありがたい環境なのですが、いつの間にか、自分の世界がずいぶん小さくなっていたのかもしれません。
今日、緑の中を歩きながら、ふと思いました。
「あぁ、僕、けっこう頑張ってたんやなぁ」
忙しいときには、そんなことすら思わなかったのに。
人の疲れには気づけても、自分の疲れには鈍感だった。
僕はこれまで、3万件以上のご相談を聴いてきました。
「もう十分頑張ってこられましたね」
「少し、ご自身のことも大切にしてくださいね」
そんな言葉を、何度もお伝えしてきました。
ところが、いざ自分のこととなると、案外わからないものです。
人の気持ちには敏感なのに、自分の疲れには鈍感。
カウンセラーも、まだまだ修行中です(笑)
でも、僕は思うんです。
人って、頑張っている最中には、自分がどれほど頑張っているのか、なかなか気づけないのかもしれません。
特に、長い間、誰かのために生きてきた人は。
家族のため。
仕事のため。
親のため。
子どものため。
大切な人を悲しませないため。
そうやって気を遣い続けているうちに、「自分はどうしたいのか」が、わからなくなってしまうことがあります。
そして、やっと休める日が来ても、何かしていないと落ち着かない。
休むことにさえ、罪悪感を覚えてしまう。
そんなお話を、僕は何度も聴いてきました。
何の役にも立たない時間が、こんなに幸せだった。
今日、僕が嬉しかったのは、緑がきれいだったことだけではありません。
何もしていない自分を、心地よく感じられたことです。
誰かの相談に乗っているわけでもない。
何かを達成したわけでもない。
誰かに褒められたわけでもない。
ただ、木漏れ日の中を歩いている。
それだけで、幸せだったんです。
僕たちは、ともすると、自分の価値を「何ができたか」「誰の役に立てたか」で測ってしまいます。
でも、本当は。
何もできない日があってもいい。
誰の役にも立たない時間があってもいい。
疲れたら、疲れたと言ってもいい。
そんな当たり前のことを、今日は自分自身に教えてもらった気がしました。
僕がカウンセリングで大切にしていること。
僕は、カウンセリングに来てくださる方を、もっと頑張れる人にしたいわけではありません。
もう十分、頑張ってこられた方が、自分の気持ちに気づき、自分の人生を少しずつ取り戻していく。
そのお手伝いがしたいのです。
「本当は、もう疲れた」
「誰にも気を遣わずに生きてみたい」
「私だって、幸せになりたい」
そんな本音を、安心して口にできる場所でありたいと思っています。
人生を立て直すというと、何か大きな決断が必要な気がするかもしれません。
でも、必ずしもそうではありません。
今日の僕のように、たった1時間、いつもの場所を離れてみる。
そこで初めて、自分の気持ちに気づくこともあるのです。
もし今、頑張っているのに心が満たされなかったり、自分が何を望んでいるのかわからなくなっていたりするなら。
一度、ゆっくりお話ししてみませんか。
答えを急がず、あなた自身の気持ちを、一緒に整理していけたらと思います。
カウンセリングの詳細は、カウンセリングのページをご覧ください。
さて。
今日は、もう少しだけ、この知らない街を歩いてみます。
帰ったら、またいつもの都会暮らし。
そして、ひきこもり生活(笑)
でも、今日の木漏れ日は、きっとしばらく忘れないと思います。
幸せって、遠くまで探しに行かなくても、案外、近くにあるものですね。
20歳でクローン病を発症しました。

