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お願いしたまま、忘れていませんか?

2026/10/15

神様にも、人にも。日枝神社のお礼参りで、改めて感じた「感謝の伝え方」

今日は、東京・日枝神社へお礼参りに行ってきました。

 

お願いごとをするためではなく、「ありがとうございました」を伝えるためです。

 

境内に立ち、これまでの出来事を振り返っていると、自然と感謝の気持ちがあふれてきました。

 

僕は昔から、神社参拝で大切にしていることがあります。

 

それは、お願いとお礼は、必ずワンセットにすること。

 

願いが叶ったら、きちんと報告する。

お世話になったら、お礼を伝える。

 

とても当たり前のことですが、僕はこの「当たり前」を大切にしています。

 

お願いするときだけ、一生懸命になっていませんか?

 

神社に行くと、皆さん、それぞれの願いを込めて手を合わせていらっしゃいます。

 

健康、仕事、家族、恋愛、人間関係。

お願いごとがあるのは、自然なことです。

 

僕だって、お願いすることはあります。

 

ただ、お願いするときはあんなに熱心だったのに、無事に叶った途端、そのまま忘れてしまう。

 

それは、少しもったいない気がするんです。

 

神様も、

「あの件、結局どうなりましたん?」

と、気にしていらっしゃるかもしれません(笑)

 

もちろん、これは僕の勝手な想像です。

 

でも、もし人間同士だったら、どうでしょう。

 

「ありがとう」の、その後が嬉しい。

 

例えば、誰かから相談を受けたとします。

 

一緒に悩み、考え、できる限りの力を貸した。

 

それからしばらくして、

「先日はありがとうございました。おかげさまで、うまくいきました!」

そんな連絡が届いたら、嬉しいですよね。

 

僕はカウンセラーとして、これまで3万件以上のご相談に向き合ってきました。

その中で、改めて感じていることがあります。

 

それは、人は、自分のことを覚えていてもらえると嬉しいし、自分の思いが相手に届いていたと知ると、もっと嬉しいということ。

 

相談を受ける仕事だからこそ、その後のご報告をいただけることは、本当にありがたいものです。

もちろん、結果が思わしくなかったとしても構いません。

 

「まだ解決していないけれど、あのとき話を聞いてもらえて助かりました」

 

その一言だけでも、十分嬉しい。

 

人とのご縁は、お願いごとが済んだから終わり、というものではありません。

むしろ、その後の小さなやり取りにこそ、その人の温かさが表れるように思います。


 

願いが叶わなかったときにも、感謝はできる。

僕自身、これまでの人生で、思い通りにならない経験をたくさんしてきました。

 

20歳でクローン病を発症し、8回の手術を受け、4年間、口から食事を摂ることができなかった時期もあります。

 

どれだけ願っても、すぐに状況が変わるわけではありませんでした。

 

そんな経験をしてきたからこそ、僕は「願いが叶うこと」だけが大切だとは思っていません。

 

願いが叶わなかったとしても、そこに至るまでに支えてくれた人がいます。

 

話を聞いてくれた人がいます。

黙って見守ってくれた人もいます。

 

結果が思い通りにならなかったからといって、それまでに受け取った優しさまで消えるわけではありません。

 

だから僕は、願いが叶ったときだけでなく、叶わなかったときにも、感謝できる人でありたいと思っています。

 

ただし、無理に感謝する必要はありません。

 

悲しいときは、悲しくていい。

悔しいときは、悔しくていい。

 

そんな気持ちが少し落ち着いたときに、振り返ってみる。

それくらいで、ちょうどいいのだと思います。


 

感謝は、幸運を呼ぶための道具ではありません。

スピリチュアルの世界では、よく「感謝すると運気が上がる」と言われます。

 

僕は、感謝を何かの見返りを得るための手段にはしたくありません。

 

「ありがとう」と言えば幸せになれる。

そういう単純な話でもないと思っています。

 

ただ、感謝を伝えることで、人との関係が温かくなることはあります。

 

自分がどれほど多くの人に支えられてきたのか、気づくこともあります。

そして、自分が受け取った優しさを、今度は誰かに返したくなる。

 

僕が考える「感謝の循環」とは、そういうものです。

 

特別な能力がなくても、誰にでもできること。

 

だからこそ、大切にしたいのです。


 

「ありがとう」のあとに、「おかげさまで」を。

今日の日枝神社では、新しいお願いごとはせず、ただ感謝を伝えてきました。

 

帰り道、ふと思いました。

 

僕たちは、つい足りないものに目を向けがちです。

 

もっと成功したい。

もっと豊かになりたい。

もっと幸せになりたい。

 

向上心は素敵なことです。

 

でも、ときには立ち止まって、すでに受け取っているものを数えてみるのもいい。

 

今、自分がここにいられること。

誰かが、力を貸してくれたこと。

今日も、こうして一日を過ごせていること。

 

それだけでも、感謝したいことがたくさん見つかります。

 

神様へのお礼参りも、人への感謝も、僕にとっては同じことです。

 

お願いしたときの気持ちを忘れない。

助けてもらったことを当たり前にしない。

 

そして、できれば、その後の報告まで。

「ありがとう」のあとに、「おかげさまで」を添えられる人でありたい。

 

さて。

 

あなたにも、お願いしたまま、報告していない人はいませんか?

 

久しぶりに連絡してみたら、きっと喜んでくださると思います。

 

僕も、忘れている人がいないか、もう一度考えてみます。

 

人のことは言えませんからね(笑)