どうしても、
誰かの言葉が頭から離れないことがあります。
もう終わった出来事なのに。
相手は忘れているかもしれないのに。
なぜか自分だけが、
何度も思い出してしまう。
そんな経験はないでしょうか。

僕にもあります。
17歳で父を亡くした時。
20歳でクローン病になった時。
たくさんの方が言葉をかけてくださいました。
励ましもありました。
優しさもありました。
今でも感謝している言葉がたくさんあります。
その一方で、
忘れられない言葉もあります。
きっと相手に悪気はなかった。
むしろ励まそうとしてくださったのだと思います。
それでも、
当時の僕には苦しかった。
若い頃は、
「あの人はなぜあんなことを言ったのだろう」
「自分が悪かったのだろうか」
そんなことを何度も考えていました。
でも、
ある時気づいたのです。
人は、
忘れようとすると忘れられない。
気にしないようにすると、
余計に気になる。
だから僕は、
無理に忘れようとすることをやめました。
気になるなら、
気になってもいい。
悲しいなら、
悲しんでもいい。
腹が立つなら、
腹が立ってもいい。
そう思うようになりました。
そして何より大切なのは、
「気にしている自分を責めないこと」
だと思っています。
優しい人ほど、
「まだ気にしている私が悪い」
「いつまで引きずっているのだろう」
そうやって、
傷ついた自分をさらに責めてしまいます。
でも、
傷ついたのです。
悲しかったのです。
忘れられないほど辛かったのです。
だったら、
気になるのは自然なことです。
まずは、
「そりゃ気になるよね」
と自分に言ってあげてもいいのではないでしょうか。
僕は父を亡くしたことも、
病気になったことも忘れてはいません。
今でも思い出します。
ただ、
昔ほど苦しくはありません。
なぜなら、
あの頃の痛みよりも、
その後にもらった優しさの方が大きくなったからです。
支えてくれた人。
話を聞いてくれた人。
信じてくれた人。
人生は、
嫌なことを忘れるためのものではないのかもしれません。
悲しみを消すためのものでもない。
傷を抱えながら、
それでも少しずつ、
幸せを増やしていくものなのだと思います。
だから今日。
もし誰かの言葉が頭から離れないなら。
無理に忘れなくていい。
無理に許さなくていい。
無理に前向きにならなくていい。
ただ、
気にしている自分を責めないでください。
忘れられないことがあってもいい。
気にしてしまうことがあってもいい。
それでも、
あなたは今日まで生きてきました。
本当は、
それだけですごいことだと思うのです。