「よかったね」。初めて会った先生の一言が、忘れられない。
2026/10/308回の手術を乗り越えた僕が、ひとりの医師から教わったこと

今日、久しぶりに病院で涙がこぼれました。
悲しいことがあったわけではありません。
むしろ、あたたかくて、ありがたくて、胸がいっぱいになったんです。
今日は、お世話になった病院で、院内コンサートがありました。
病院という場所は、僕にとって、少し特別です。
20歳でクローン病を発症し、8回の手術。
4年間、食べることもできなかった僕にとって、病院には、数えきれないほどの記憶が詰まっています。
痛かったこと。
悔しかったこと。
情けなかったこと。
そして、たくさんの人に助けてもらったこと。
ピアノの音を聴いていると、そんな記憶が走馬灯のようによみがえってきました。
会場には、点滴をされている方や、車椅子の方もいらっしゃいました。
それぞれに、どんな事情があって、どんな思いで今日を過ごしていらっしゃるのか。
僕にはわかりません。
でも、かつて病院で長い時間を過ごした自分の姿が、そこに重なりました。
音楽って、不思議ですね。
何も聞いてこない。
何も求めてこない。
無理に励まそうともしない。
ただ、そこにあって、心をゆるめてくれる。
まるで、今の自分をそのまま許してもらえたような気がして、一筋の涙が、つーっと頬を伝いました。
言葉にならない。
というより、言葉にしきれない時間でした。
そして、今日、もうひとつ忘れられない出来事がありました。
帰り際、副院長先生とお話しする機会があったんです。
初めてお話しする先生でした。
僕がこれまで経験してきた病気のことや、長い闘病生活のこと。
そんな話を、先生は本当に真剣に聴いてくださいました。
話を遮ることもなく、偉そうに何かを教えるわけでもなく。
ただ、目の前の僕の人生に、静かに耳を傾けてくださったんです。
そして、
「よかったね」
そう言ってくださいました。
たった一言。
でも、その一言が、どうしようもなく心に沁みました。
先生は、内科を専門にされている方です。
だからこそ、僕がどんな病気を経験し、どんな時間をくぐり抜けてきたのか、その重みを専門家としても感じてくださったのかもしれません。
その先生からの「よかったね」
僕には、長い闘病の時間も、今日こうして生きていることも、まるごと受け止めてもらえたように感じられたんです。
何かを説明してもらったわけでもありません。
立派な言葉をいただいたわけでもありません。
ただ、真剣に話を聴いてもらって、「よかったね」と言ってもらった。
それだけで、人の心って、こんなにもあたたかくなるんですね。
先生とお別れして、ふと思いました。
ああ、僕も、こんな人でありたいな。
謙虚で、優しくて、人の話をちゃんと聴ける人。
相手の人生を、自分の物差しで測らない人。
知識や肩書きを振りかざすのではなく、目の前の人に、心から向き合える人。
僕は、これまで3万件以上のご相談に向き合ってきました。
でも、相談件数が増えたからといって、人の気持ちが何でもわかるようになるわけではありません。
むしろ、わからないことのほうが多い。
だからこそ、聴く。
わかったつもりにならずに、聴く。
その大切さを、今日は僕のほうが教えていただきました。
そして、もうひとつ。
今日、あらためて自分の本音に気づきました。
僕は、ただ、人の役に立ちたいんです。
もちろん、自分のことを知ってほしい。
認めてほしい。
できれば、目立ちたい。
そら、ありますよ(笑)
僕だって人間ですから。
自分の活動をもっと広げたいし、たくさんの人に知ってもらいたい。
本を読んでもらえたら嬉しいし、講演に来てもらえたら、なお嬉しい。
でも、どうして、そうしたいのか。
その根っこにあるものを、今日、もう一度確かめられた気がします。
誰かを笑顔にしたい。
喜んでもらいたい。
少しでも、人の役に立ちたい。
結局、そこなんです。
病気だった頃の僕は、たくさんの人に助けてもらいました。
医師、看護師、家族、友人。
自分ひとりの力では、どうにもならないことが、山ほどありました。
だから、今度は僕が、誰かの力になれたら嬉しい。
大きなことを成し遂げなくてもいい。
誰かが少し安心できたり、笑顔を取り戻したり。
「話してよかった」
そう思ってもらえるだけで、十分嬉しいんです。
最近、僕は「カウンセラーって何だろう」と考えることがあります。
資格なのか。
知識なのか。
経験なのか。
もちろん、どれも大切です。
でも、今日の副院長先生の姿を見て、思いました。
何を知っているかよりも、目の前の人に、どう向き合っているか。
その姿勢にこそ、人柄が表れるのかもしれません。
僕も、まだまだです。
自分を大きく見せたくなる日もあれば、誰かに認めてもらいたくて、つい背伸びする日もあります。
それでもいいのかな、と思うんです。
そんな自分もちゃんと認めながら、目の前の人を大切にしていけば。
今日、病院で聴いたピアノの音。
そして、副院長先生の「よかったね」。
きっと、どちらも忘れないと思います。
ひとりで生きてきたような顔をしても、ほんまは、そんなことないですね。
人は、人に助けられて、生かされて、生きている。
そして、いつか自分も、誰かにとってのそんな存在になれたら。
今日、僕がいただいた「よかったね」を、今度は誰かに届けられる人でありたいです。

