僕はある夜、
処方された薬を全部捨てました。
医師には、内緒です。
もちろん、
正しい行動だったとは思っていません。
でもあの夜、
僕は、自分の人生を取り戻した気がしました。

闘病していた頃、
僕は通院のたびに
スーツケースを引いて病院へ行っていました。
旅行ではありません。
中身は、全部、薬です。
クローン病の治療で、
処方される薬の量がとにかく多かった。
錠剤、エレンタール、フレーバー、チューブにボトル、、、
とにかく大量でした。
診察が終わると、
その薬をスーツケースに詰めて帰る。
そんな通院を、
しばらく続けていました。
そのうち、
あまりの量に、病院の方から
「宅配にしましょうか」
と言われるようになりました。
確かに、
スーツケースで通う患者なんて
なかなかいません。
宅配になってからも、
箱いっぱいの薬が、定期的に届きました。
そして、
ある日ふと、違和感を覚えたのです。
この薬、
いったいどれくらいの量になるんだろう。
そんなことを
ふと考えました。
一回分ではなく、
一年分でもなく、
「一生分」です。
もしこの薬を、
ずっと飲み続けたら――
どれくらいの量になるんだろう。
想像してみました。
箱、箱、箱。
積み上がる薬。
やがてそれは
部屋いっぱいになり、
さらに増えていき、
そして、
あるイメージが浮かびました。
トラック一台分。
薬を運ぶトラックです。
その瞬間、
背筋がぞっとしました。
この量が、
全部、
自分の体に入るのか。
そう思った瞬間、
僕の中で
何かが切れました。
その夜。
僕は、
箱いっぱいの薬をゴミ袋に入れ、
全部、捨てました。
先生には、内緒です。
もちろん、
正しい行動だったとは思いません。
医師が聞いたら、
きっと怒ると思います。
でもあの時の僕は、
恐怖の方が
大きかった。
このまま一生、
薬を飲み続ける人生なのか。
そのイメージに、
耐えられなかったのです。
病気は怖かった。
でも、
「自分の人生が全部、薬になる」
その未来も
同じくらい怖かった。
だから僕は、
一度、全部やめました。
無茶だったと思います。
本当に。
でも今、振り返って思うのです。
あの夜、
僕は「反抗」したのではなく、
自分の人生を取り戻そうとした
のかもしれない、と。
そして今、思います。
人はときどき、
正しいかどうかではなく、
「このままでは、自分が壊れる」
そんな瞬間に出会います。
そのとき人は、
理屈では説明できない行動を
してしまうことがあります。
でも、
それもまた
生きようとする力
なのかもしれません。
医療は大切です。
僕は医療に
命を救われました。
だからこそ、
今も感謝しています。
でも同時に、
人間は、
医療だけでは
生きられないのだと思います。
恐怖、怒り、絶望、反抗。
そういう
人間らしい感情も含めて、
人は
生きている。
あれから、長い時間が経ちました。
僕は今、
カウンセラーとして
たくさんの人の話を聞いています。
人生に行き詰まり、
どうしていいか分からなくなった人たちです。
そんなとき、
僕は思い出します。
あの夜、
薬を全部捨てた自分のことを。
あれは、
正しい選択ではなかったかもしれない。
でも、
人はときどき、
正しさよりも先に
生きることを選ばなければならない。
そういう夜が
人生にはあるのだと思います。