こんにちは。
神社昌弘です。
僕の名字は「神社(かんじゃ)」という珍しいものです。
そのため、昔から「家は神社(じんじゃ)なの?」「お父さんは、神主さん?」と聞かれることがよくありました。
いまでもよくありますが…。
個人的には、神様から選ばれた由緒正しき家で、先祖代々継がれる立派な家系だと思いたかったのですが…
実際のところ、父も祖父も公務員で、兼業農家、僕の幼少期は、一家四人、たった二間に小さなキッチンがついた職員住宅で過ごしていました。
大昔の出生をたどると、多少の謂れ(いわれ)はありますが…
それも、ご先祖様たちが立派なだけで、決して、いまここにある「僕たち」が凄いわけではありません。
それなのに、僕は「かんじゃ」というブランドに固執して、何か特別な使命があるはずだと思い込み、独自の感性や能力を開発することに必死でした。
有難いことに、目に見えないものと対話をしたり、不思議な感性を尊重しながら育てられたおかげで、それなりに特別なことはできるようになっていきましたが…
それに比べて、父は「かんじゃ」という名前に固執することなく、むしろ、その名前は恐れ多いと、日々控えめに、目立たず、ひっそり過ごしていました。
まわりからは「仏(ほとけ)の神社(かんじゃ)さん」と呼ばれて、ごく普通の、ごくあたりまえのことを大切にしていました。
僕は、そんな父が大嫌いでした。
絶対に「あんな平凡にはなりたくない」と思っていました。
でも…
そんな意識が一変する出来事がありました。
それは、父が亡くなった二日後のこと。
父のお葬式のことです。
なんと、900人以上が参列したのです!
バカ正直で、クソ真面目で、アホほどお人よし…
本当は、もっとできるはずなのに、いつも控えめで、自分は裏方にまわり、いつも損ばかりをして、人の依頼ばかりに振り回されて…
そんな父が大嫌いでしたが、その香典帳に書かれた929名の名前を見て、僕は、深く反省すると同時に、目が覚めました!
『特別なことは“何も”しなくていい!』父から教わったことは…
ただ、毎日を丁寧に生きること。
ただ、目の前にいる人の役に立つこと。
ただ、人の嫌がることを率先してやること。
ただ、どんな依頼に対しても「はい」と笑顔で答えること。
ただ、損得よりも喜ばれることを優先すること。
ただ、神仏に感謝をして、自分に正直に生きること。
ただ、それをするだけで…
こんなにも多くの人たちから愛されて、ごく自然に慕われるということでした。
「もし僕がいま死んだら、いったい、何人が会葬してくださるだろうか?」
改めていま、自分自身を振り返り、目の前にいる人に喜んでもらえるように、毎日を丁寧に、心を込めて生きたいと思います。