先日、僕のクライアントさんが結婚しました。
彼女は、幼い頃から優しくて、家族を深く愛していました。
家族を愛するあまり、いつも家族のために頑張っているお母さんの傍にいて、お母さんが悲しい時には一緒に悲しみ、お母さんが孤独を感じるならば、自分も孤独でいるような子でした。
お母さんの苦労を間近で見てきたから「お母さんに迷惑をかけないように」また「わがままを言わないように」自分を押し殺して生きてきました。
いっぱい我慢して、いっぱいニコニコして、いっぱい元気なフリをして、いつしか大きな孤独や悲しみを凍らせて、そうして40歳を過ぎた頃、僕の所へやってきました。
それは驚くようなスピードでしたが、彼女の真剣さなら、それはあたりまえだとも思いました。
「私は幸せになってもいい」
そんな風に自分が自分に許可をおろして、自分の幸せのために動き始めた瞬間、人生は好転するんですね。
これまでの私は、親の人生が、家族のために自分を犠牲にしていると思い込んでいましたが、決して不幸なだけの人生ではなかったんですね。
何の見返りも求めず人を愛し、与え続けるという偉業を成し遂げている親の人生……
それは、実は、とっても素晴らしく尊いものだったんだなと。幼い頃の私にとっては、親の苦労が不幸にしか見えませんでしたが、それは勝手な私の解釈で、勘違いでもあったんだなって気づきました。
子育てにおいては、親が子どものために苦労するのはあたりまえです。
子育ては、誰もが未経験のものだから、苦労や大変なことがあって当然です。
自らの幸せをスタートさせてほしいなと思います。